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「また失敗するのか?」ーー採用担当が下した決断の瞬間

「また、あの悪夢が…」

松田の頭に過去の記憶がよぎった。デスクに並ぶ履歴書を見つめながら、彼は眉をひそめた。45歳、経験豊富なベテラン採用担当である松田にとって、採用のミスはもはや致命的なミスとなりかねない。過去に何度も「モンスター社員」を採用してしまい、会社の秩序が崩壊しかけたことがあった。

今日の候補者、山本大輔。35歳、転職歴が多い――松田の中で警戒心が高まる。転職を繰り返す履歴書を見るたびに、胸の奥に嫌な予感が膨らんでいく。表面上は優秀そうに見える人材に、松田は何度も裏切られてきたのだ。

「また同じ過ちを繰り返すのか…」

松田は深くため息をつき、椅子に沈み込んだ。何度か深呼吸をしながら、冷や汗が額を伝うのを感じた。もし、今回も間違った判断を下せば、会社全体に大きなダメージを与えることになる。そして、その責任を負うのは、間違いなく自分だ。

ドアが静かに開き、山本が入室してきた。清潔なスーツに身を包み、姿勢もきちんとしている。初対面の印象は悪くない。だが、松田はそれだけでは判断しない。何かが引っかかる。彼の直感が警告を発していた。

「よろしくお願いします」

山本は丁寧に挨拶し、礼儀正しく椅子に座った。松田は軽く頷き、冷静な視線を崩さない。

「では、山本さん、まず自己紹介をお願いします」

山本は穏やかな口調で話し始めた。

「前職では営業部で5年間勤務しておりました。法人向けの営業を担当し、クライアントとの関係構築に注力してきました。また、それ以前には異なる業界で3社ほど経験し、それぞれで営業やマーケティングのスキルを身につけました」

一見、スムーズで問題のない自己紹介だ。しかし、松田はそう簡単に安心しない。転職理由や業務内容に深く潜む本音を見抜かなければ、同じ過ちを繰り返すことになる。

松田は過去の「モンスター社員」を思い出さずにはいられなかった。ある社員は、面接では非常に優秀に見えたが、入社してすぐに独善的な行動を始め、チームワークを崩壊させた。

別の社員は、自分のミスを他人に押し付け、全てを周囲の責任にして退職していった。その後処理に追われ、松田は何度も会社の存続に関わるような危機に直面した。

「今回こそ、絶対に失敗できない…」

松田はそう心に誓い、次の質問を投げかけた。

「では、前職を退職された理由について、もう少し詳しく教えていただけますか?」

松田の問いに、山本は一瞬考え込み、慎重に言葉を選びながら答えた。

「主に業務のプレッシャーが原因でした。結果を出すことができず、精神的に限界を感じてしまいました。それが退職の理由です」

松田はその答えに疑念を抱いた。プレッシャーや精神的な負担を理由に退職する社員は、環境が変わっても再び同じ理由で辞めることが多い。松田はさらに具体的な状況を引き出そうとした。

「業務のプレッシャーというのは、どのような内容だったのでしょうか?」

山本は少し考え込み、言葉を選ぶようにして答えた。

「クライアントとの契約がうまく進まず、その度に上司から厳しい指導を受けました。自分のミスもあり、次第に精神的に追い詰められていきました」

松田の心に再び警鐘が鳴り響いた。過去にもこのような社員を採用したことがあったが、結局、同じ理由で短期間で退職していった。彼は慎重に判断を下すべきだと強く感じた。

面接が終わり、松田はデスクに戻り考え込んでいた。山本は一見問題がないように見えるが、その言葉の裏に何かを隠しているような気がしてならない。そんな時、社長の佐藤が部屋に入ってきた。

「松田君、どうだ? 山本は採用できそうか?」

佐藤の焦りは隠せない。人手不足が深刻な状況にあり、早急に決断しなければならないのは理解しているが、松田は慎重な姿勢を崩さない。

「少し引っかかるところがありまして…もう少し考えさせてください」

佐藤は少し苛立ちを見せたが、最終的には松田の判断を尊重するように頷いた。

「君の判断を信じるよ。ただ、早く決断してくれ」

その言葉の重みを感じながら、松田は過去の失敗を繰り返さないと決意を固めた。

翌朝、松田はいつものようにデスクに座り、メールを確認していると、一通のメールが目に飛び込んできた。「採用辞退のご連絡」と書かれている。

「えっ…」

松田は驚き、急いでメールを開く。そこには、山本からの簡潔なメッセージが書かれていた。

「他社に採用が決まったため、今回の採用は辞退させていただきます」

松田はしばらくその画面を見つめたまま、言葉を失った。そして次第に肩の力が抜け、苦笑いがこぼれた。

「結局、こちらが選んだんじゃなくて、向こうに選ばれていたんだな…」

松田は椅子に深く座り込み、静かに呟いた。「採用というのは、時に運が先に動くこともあるんだな…」

その日、松田はまた一つ教訓を胸に刻んだ。「選ぶだけが採用ではない。時には、選ばれることが運命を動かすのだ」

私のテーマは「50代で得たリアルな人生戦略」を発信中。ビジネスや人生に役立つヒントや気づきをお届けします。迷いや悩みが生まれた時は、一緒に地図を広げ、進むべき道を探していきましょう!
@morizo_23


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