「もう無理だ」理不尽な値引き交渉に立ち向かった男の物語
私は広告代理店で大手パンメーカーの広告キャンペーンを担当していた。先方の担当者である山崎との会議室は、ピリピリとした緊張感に包まれていた。
テーマは広告枠の予算削減。すでに限界まで削った提案だが、山崎の要求はさらに厳しいものだった。
「こちらも頑張っていますが、もう削る余地はありません。」
私は冷静を装いながら、抑えた声で言ったが、内心は大きなプレッシャーに押しつぶされそうだった。
山崎が冷笑を浮かべながら、一歩も引かない態度で睨みつけてくる。
「削れないって?広告の予算なんて、どうにでもなるもんでしょう?」
「限界ギリギリのラインで調整しています。これ以上の値下げは、掲載日程にも支障が出ます。」私は強気で反論した。
「そうか…なら、私が直接メディアと話をつける。」山崎はそう言い放ち、こちらの視線に一切の揺るぎも見せなかった。
その一言に、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。今まで築き上げたメディアとの信頼関係が、ここで崩れるかもしれない。だが、ここで引けば、後に続く案件にも響く。引くわけにはいかない。
ふと、ある“奥の手”が頭をよぎった。これしかない。
「少々お待ちください」私は冷静を装い、携帯を取り出してメディア担当の岩瀬に電話をかけるふりをした。声を張り上げて“電話”を始めた。
「今、富士屋製パンさんと打ち合わせをしているんですが…はい、掲載日程について再確認したいんですが、そうですね、予算に関してももうこれ以上は厳しいですよね?」
あえて沈黙を作り、息を詰める。メディア担当者の回答を待つふりをして、続けた。
「そうですか、無理なんですね。承知しました」わざとため息をつき、電話を切ると、山崎を毅然とした目で見据えた。
「これ以上の値引き要求は、納期に影響を及ぼす可能性があります。我々はすでに決めた価格で進めているので、さすがに無理があります。これ以上の値下げ要求はどうかと思います」
一瞬の沈黙の後、山崎の顔に、微かに動揺の色が浮かんだ。「…まあ、分かりました」渋々といった様子で頷いた彼の顔には、少し反省の色も見えた。なんとか会議は穏やかに終わった。
その後、富士屋製パンのプロジェクトは予定通りのスケジュールと予算で無事に進行した。クライアントからも「次のキャンペーンもお願いしたい」との言葉をもらい、私は胸を撫で下ろした。
オフィスに戻ると、同僚の田代がニヤニヤしながら近寄ってきた。「なあ、次の案件でも、あの手使うのか?」
「いや、もうあんな手は使わないさ。でも、またピンチが来たら考えるかもな」私たちは笑い合い、次の仕事に向けて歩み出した。
この交渉を通じて、私は腹をくくることの重要性を学んだ。
「これ以上は無理です」――毅然とそう伝える覚悟が、何よりも大事だ。そして、それを相手に伝えるためには、プロジェクト全体や関係者に及ぶ影響をしっかりと示すことも欠かせない。強気の姿勢には、確かな裏付けが必要なのだ。
山崎が引き下がったのも、ただ私が言い張ったからではない。メディアとの信頼関係や、周囲が支えてくれた背景があったからこそ、言葉に力が宿った。
だが、交渉には冷静さも求められる。相手との関係性を読み、「ここまでなら大丈夫だろう」と判断しながらも、信念を貫く。そのバランスが、真の交渉力なのだ。
私のテーマは「人生の試練が教えてくれたリアルなストーリ」を1日1話発信。ビジネスや人生に役立つヒントや気づきをお届けします。迷いや悩みが生まれた時は、一緒に地図を広げ、進むべき道を探していきましょう!
@morizo_23
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