掌編小説『ルートレス3』
自分はNoveljam2018(第2回)で参加したOBです。先日開催されたNoveljam
2024には参加していませんが、「裏Noveljam」ということで勝手に書きました。
「初代がゴッチさんのおかげで売れたのは確かなわけじゃん」
御笠がいつになく強い声で言った。
二見はまばたきを一つ。
石室が座り直すと、高価なゲーミングチェアがギシリと鳴った。
時刻は24時。白い会議机の上はきちんと整頓されている。誰もタバコは吸わない。
◆ ◆ ◆
インディーズホラーゲーム、初代『ルートレス』。
現実の北海道を舞台に、車で怪異から逃げ回りつつ、その発生源を探っていく。ほとんどオープンワールドと言っていい広大さと、装甲・装飾・車中泊設備などを自由自在にカスタマイズできるこの作品は、わずか3人のチームで制作された。
「スタッフ300人って言われても信じる」
「作り込みがエグい」
「サクナヒメ以来の奇跡」
などと、ネット上で喝采を浴びるようになったのは、人気実況者ゴッチマン氏の力によるところが大きい。
かつて「ゲーム」の新作情報は、オモチャ屋のチラシや紙の情報誌を通じて広められるものだった。子供たちは目を輝かせて同じページを何度も読み返し、通学路でまだ見ぬゲームの話題に興じた。それが今では、大人向けのインディーズゲームが数え切れないほど制作され、タイトルを知ってもらうことすら容易ではなくなっている。
そこで大きな流入経路となるのが、動画サイトのゲーム実況である。
御笠たちは地獄のようなデバッグ作業を終えると、推敲に推敲を重ねた依頼メールをゴッチマン氏に送信した。快諾の返信は9分後に返ってきた。成功者は皆レスポンスが早い。
当初steamでのみ配信されていたルートレスは、瞬く間にNintendo Switch・PlayStation 5でのリリースも決まり、コミカライズもスタート。長寿のソシャゲとはほとんどコラボした。
「北海道民が一番楽しいんだろうな」
「うちの県でも作ってほしい」
その期待に応えたのは御笠たちでなく、パクリ……否、オマージュであった。どこの世界でもヒット作には後追いが群がるものである。『8番出口』のオマージュがいくつ出たか数え切れた者はいるだろうか。クリエイターとしてのプライドを捨てれば、訴求力は作れる。
だが、原作を超えるものは現れなかった。
「っぱ本家よ」
「オリジナルが日本一面積広いの強過ぎる」
御笠たちは喝采を浴びながら、魅力的な、あるいは怪しげな引き抜きの話を右から左へ聞き流し、粛々と続編の製作を進めた。最も手間のかかるマップのデータは、初代と同じものでいい。わずか半年、まだファンの熱が冷めきらぬうちに、『ルートレス2』を発表できるところまで漕ぎつけた。キャッチフレーズはシンプルに、「逃げ切れない」。
待ったをかけたのは、システム担当の石室であった。
「今回は実況禁止にしたい」
制作者には当然、その権利がある。
アクションゲームやパズルゲームなど、シナリオよりゲーム性が売りのジャンルや、古い名作のリメイクなどは、全面的に実況を許可していることも多い。一方、ストーリーが根幹であり、ネタバレされたら終わりとなるノベルゲームなどは、禁止していることも珍しくない。
実況が重要な宣伝手段であることは事実。だが実況でバラされてしまったら売れないのでは? 多くの制作者たちが頭を抱えている。
ルートレス2は、基本的なゲーム性は初代と同じだが、よりストーリー重視のものとなっていた。
「何が面白いのかは、もう充分伝わってる。タダで見せてやりたくない」
石室の主張に、シナリオ担当の御笠も、グラフィック担当の二見も、すんなりと同意した。詳細な規約や、違反を発見した場合のフローチャートの作成に2ヶ月を費やし、ルートレス2は世に放たれた。
大ヒット作の次回作、実況禁止。この措置は、荒れた。
「実況のおかげで売れたくせに手のひら返しが早過ぎる」
「いや今回はネタバレが命取りだから当然でしょ」
「あーあ調子に乗っちゃったねさよなら」
「乞食は帰ってどうぞ」
賛否両論の裏で、規約を破って実況する者は当然のように現れた。石室は執念深く見つけ出し、用意してあった警告文を突きつけて削除させた。が、とても追い切れない。匿名掲示板への書き込み、捨て垢でのSNSへの投稿、個人サイトでの伏字を巧みに用いた暴露。まるで制作者たちが悪であるかのような執拗さであった。
実際、ネタバラシに走った者たちの一部は、制作者を悪と見なしていたのかもしれない。酸素のように無料コンテンツを享受する人間の倫理観は、やがてイカれる。無料で見せないなんて、守銭奴、ゴミ、カス。金儲けは絶対に許さない。
大荒れの中で、ルートレス2は堅実に売れた。ゴッチマン氏もSNSで、ネタバレしないよう配慮しながら高く評価してくれた。慌てて感謝のメールを送ると、7分後に「面白かったからつぶやいただけですよー! 続きも楽しみにしてます!」と返ってきた。
明らかに『3』がある。それはゴッチマン氏だけでなく、多くのプレイヤー(不当な無料視聴者を含む)が感じていたことであった。
決して消化不良でなく、それでいて続きがあるはずだと感じさせる――御坂が練りに練った結末。大半のプレイヤーが経験するバッドエンドこそが実は「トゥルー」エンドであり、3はその後日談。怪異に支配された北海道を、生き残った民間人の協力を得て奪還していく、再生の物語だ。
ルートレス3の配信日が発表されると、世間は食いついた。しかし、いや、当然と言うべきか……ゲームの内容より、実況の可否が話題の中心であった。
許すなら、日和ったことになる。許さないなら、また荒れる。
◆ ◆ ◆
「メインシナリオまではOKってことでよくない? 核心はクリア後なんだからさ」
御坂は実のところ、2のリリース直前、石室が実況禁止を言い出したことを快く思っていなかった。反発しなかったのは、反発という選択肢がなかったからだ。中学のボードゲーム同好会で知り合った3人、この10数年、ケンカをしたことがない。
「条件つけて中途半端にしたら、ごちゃごちゃ屁理屈こねる奴とか、知らなかったってシラを切る奴が絶対出てくる。わかりやすく、実況禁止って言い切ったほうがいい」
2のリリース後、1人でネタバレと戦っていた石室には、積もりに積もった感情があった。そこには御坂と二見への怒りも含まれる。なんでお前ら涼しい顔してんの?
「てかさ、二見はどうなのよ。いつも黙ってるけど」
「……」
二見には、意見などない。
3人でゲームを作れることが、ただ楽しかった。夢みたいだ。自分ではまだ拙いと思う絵を、2人も、世間も、評価してくれる。
売れる売れない、許す許さない――そういったことは、二見の頭にはなかった。
「ごめん。わからない……けど、禁止にすると、石やんがまた、大変なんじゃないかな」
「……え、オレが?」
「きっと、今回も、勝手に実況する人、出てくるし、その、対応とか」
お前らがやんねーからだろと怒鳴りそうになったのを石室は飲み込んだ。自分が言い出したことなのだから、自分で引き受けるのが筋だと思っている。
「オレが大変だから許しちゃうってのは変でしょ」
「……そっか」
「2は禁止したのに3はセーフなんて、普通に考えてあり得なくないか?」
「だからさ」と、御坂が髪をかきむしる。「クリア後を禁止するのは俺も賛成。メインシナリオまではセーフ。そうしたほうがガス抜きにもなる」
「2を見てないのに3の実況なんて見なくね? つーか、3の実況してたら2の話に触れざるを得ないじゃん」
「確かにそこは難しいんだけどさ……」
御坂は2で石室の言いなりになったことを深く後悔していた。3で解禁したら、確かにチグハグになる。
けれど、
(実況禁止にしなければ、2はもっと売れた)
そう確信していた。実況の視聴者が最初から最後まで全部見てしまうとは限らない。これは自分で体験したいと思わせる自信があった。
今からでも2を解禁できないかとさえ思っている。リリースから一定の時間が経ったという理由を添えれば、奇異な話ではない。
「そもそも、逆じゃね?」と、石室が少し笑いながら言った。「シナリオ書いた奴がネタバレ気にするならわかるけど、なんでオレがワーワー言ってんのよ」
「あー、確かに」石室の口調に救われたように、御坂も表情を崩した。
石室は席を立ち、湯沸かし器を持って流しに向かいながら続けた。「オレはさ、2の時にも言ったことを、もうちょっと正確に言いたいんだけど、オレらの作品利用して大儲けしてる奴とか、金も払わないであーだこーだ言う奴が許せないわけ」
「わかるよ、それは」
「正直、売り上げのことより、許せないって気持ちのほうが強い」
「うん」
「御坂はどうなの? そういうの全然ないわけ?」
「んー……」
まったくないわけでは、勿論ない。動画を見ただけで一丁前のプレイヤー風にレビューしている者には腹も立つ。
それでも露出は多いほうがいい――と言いかけて、やめた。石室は正直な感情を話している。こちらも応えなければならない。
「俺は、どんな形でも、多くの人に見てもらえるほうがいい」
「うん、なるほどね」
「……」
「乞食にも、いいんだ、見せちゃって」
「究極、そういうことになるね」
石室は、守りたかったのだ。御坂のシナリオを、二見の絵を。安売りしていいものではない。正しく対価を支払った者にだけ見せるべきだ。
――そんな芝居がかったことは、とても口に出せなかった。
「わかった。じゃあ、いいよ」
「……」
「メインシナリオまではセーフでいい。3のリリースと同時に、2の配信も解禁しちゃっていいんじゃないの」
「いいの?」
「いいって言ってんじゃん」
「なんか、ごめん」
「なんで謝んのよ。見てほしいって気持ちもわかるし」
石室は、話し合いを始めた時点で「先」のことまで考えていたわけではない。
が、折れると同時に、答えが見えた。バグの原因が即座に特定できた時のように。
「その代わり……ってわけじゃないんだけど」この先を言って、本当にいいのか? 構わない。熟考せずそうとわかる瞬間が、たぶん人生には何度か訪れる。「オレ、ここで降りるわ」
初代がヒットして大金が舞い込んでも、一歩外に出れば牛糞の匂いがするこの開発室を、移転しようとは誰も言い出さなかった。
誰かがこの部屋を去ることなど、御坂も二見も、石室自身も、考えたことさえなかった。
「降りる、って?」二見の声は震えている。
「ちょっと違うところでゲームに関わってみたいって、前から思ってたんだ」嘘だが、嘘ではないとも言える。そういう意識の片鱗のようなものはどこかにあった、ような気がする。「スカウトのメール、どこか受けてみようかなって」
「じゃあ、次は、どうするの」
「次って、別に何も決まってなかっただろ」
「……」
「ルートレスはさ、本当に良かったよ。マジで、ゲーム史上、最高傑作だと思ってる」
御坂は後日、この時の石室にろくな言葉をかけられなかったことを悔やみ続けることになる。シナリオライターとしては天才でも、人生経験が乏しかった。
「勝手なこと言ってごめん。その、なんつーか、もっと上のステージで、また会えたら嬉しい」
◆ ◆ ◆
石室はその後、インディーズから大手まで、様々な開発現場を転々とした。
どこへ行っても、
「御坂のシナリオのほうが面白かった」
「二見の絵のほうが良かった」
その思いから、ついぞ逃げ切れることはなかった。
(了)