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10月14日(月) 7日目 津照寺、金剛頂寺


昨晩は、テントの屋根が消え、自然と完全に一体になり、中も外もなくなって、無限の広がりの中で一人寝ているような感覚になり目が覚める、というのを何度か繰り返した。非常に不思議な感覚である。よく眠れたし眠ってる間もとても心地よかったのだが、朝起きるとどうも体が重たい。節々に「高熱になる前の痛み」のようなものがある。風邪特有の倦怠感のような。これはまずい。

だがお遍路に休みはない(そして無職なので毎日がお遍路である)。今日もこれから札所をまわらねばならないし、その前に装備を整理してテントを片付け荷造りして撤収しなければならない。ところが片付けもいつものように上手くいかない。気づくと思っていたよりも時間がかっていた。

それでもここは山奥にある最御崎寺のさらに山奥にあるキャンプ場である。ここからさらに山奥に向かい、山を越え、室戸市の「反対側」に出なければならない。今日も昨日のつづきから。坂道を自転車押して山をさらに登る。日比さんが見ておくといいと言っていた、現在は廃墟となっている有名な展望台があった。もう本当に絵に描いたような廃墟である。人の死体が出てきても幽霊が出てきてもまったく驚かないが、後で室戸出身のフォロワーさんに聞いたところ、「地元の若い子はよくここで遊んだりする」らしい。どうかしてる。「ここから見なければ室戸市はわからない」。敬愛する日比さんがそうおっしゃっていたので、恐怖しかなかったが地面に廃材や砕けたガラスが落ちている廃墟に足を踏み入れ、手すりのない展望台の階段を何段も昇る。ようやく最上階へ。が、いざここから室戸市を一望しようにもあまりの風の強さとあまりの展望台の高さに恐怖を感じ、周囲を見渡すことなんてできない。ここまで来てもったいなさすぎるのかもしれないが、これで一応日比さんから送られたミッションは達成したということにして、廃墟を後にし次の札所を目指す。

と、札所の前に行かねばならない場所がある。コンビニである。もう昨日の甲浦(かんのうら)でセブンイレブンに入って以来、一つもコンビニを見ていない。コンビニが恋しい。コンビニに出会いたい。地図アプリを見るとこの先、この山を降りれば、二十五番札所津照寺(しんしょうじ)に行く道の途中にローソンがある!!果たしてローソンを目の当たりにした時の安堵は筆舌に尽くしがたい。昨日は「飲料水すら確保不能かも」状態だったのが、今は目の前の商品、お金を出せば何でも手に入るのである。こんなに恵まれたことがあるだろうか。

そう思うのはみな同じなようで、自分以外にも商品棚を真剣に見つめているお遍路さんがいる。1組目は白人の外国人お遍路夫婦である。おにぎりやパンを一つずつ手に取っては成分表示を何度も確かめ、スマホのGoogle lensなどを使って念入りに調べていた。ヴィーガンなのかもしれない。食料購入後は店の外、駐車場の横に座り、手を合わせ結構長い時間、何かを唱えてから食べていたので、かなりガチ度の高いお遍路さんなのかもしれない。もう一組はこれまた外国人なのだが、全身に刺青をした白人の女性である。その刺青も梵字だったり寺のリアルなイラストだったりで、こちらも見るからに「ガチ」である。一度コンビニで食べ物を買って外に出て行き、またしばらくしてから戻ってきてまた食べ物を買っていた。その気持ち、とてもよくわかる。あまりにもコンビニが便利すぎて、次のコンビニまでの時間が果てしなさすぎて「買えるものは買えるだけ今のうちに買っておきたい」「食べれるものは今のうちに食べておきたい」状態になるのだ。

それにしても徳島編の時には結構な数の外国人のお遍路さんがいた気がするのだが、高知編に突入してからはあまり数を見なくなった気がする。いてもコンビニで出会った二組のようにかなりガチ度が高い感じがする。実際、徳島までならハイク気分で結構楽しいよ、やってみるといいかも!とおすすめしてもいい気がするが、高知になると「覚悟はあるのか?」と尋ねたくなる。高知までまわる外国人お遍路も少なくないのかもしれないが、日程の問題もある。全旅程をハイクで通すのではなく、札所と札所の距離が長い高知では鉄道やバスなど公共交通機関を使ったりもするのだろう。そういえばクリスも「薬王寺から先はバスかヒッチハイクで行く」と言っていた。クリス、元気かな。たった数日前のことなのに遠い昔のことのような気がする。

ローソンで食事をし、次の二十五番札所津照寺へと向かう。津照寺はローソンからすぐの場所にあった。なんだか拍子抜けである。が、境内に入ってから本堂までの階段がこれまた長い。とはいえ、長いと言っても焼山寺の地獄や最御崎寺の高度を思えばこの程度の石段なんてほとんど誤差みたいなもんだろう。そう思い足を踏み出すのだが、体が重くて仕方ない。一段昇るだけでも息が切れる。体がとにかくだるい。

なんとか参拝だけは済ませたものの、帰ろうにも体が動かない。境内にあったベンチに座り休憩をするが体調はよくならない。これはまずい。今日はお遍路なんかしている場合ではない。とにかく体を休めねば。そう考えて「休める場所」を探すのだが、コンビニですらマチに一箇所二箇所という土地である。ファミレスも漫喫もラブホテルもあるわけがない。

宿もチェックインはたいていが三時からである。いくつか宿に連絡して事情を説明し、今から休ませてもらえないかと伝えるのだが、向こうにだって事情がある。それは難しいと断られてしまった。寝転ぶ場所もないので体はだるいが先に進むしかない。少し行くと二十六番札所金剛頂寺(こんごうちょうじ)の麓に、有名な、ミタニ建設さんが用意してくださっている遍路小屋が見えた。トイレを併設してあるだけでなく、おそらく熱中症対策も考えてのことだろう。なんと製氷機まで設置してある非常に居心地の良い遍路小屋である。ありがたい。マットレスを敷いて横になる。しばらく寝ていたら少し調子が回復した。が、食事を何とか手に入れなければ……。

立ち上がって動こうとしたところ、車がこちらにやって来て、遍路小屋の近くで停まった。中から男性が出てきて「森さんですか」と声をかけてきた。まさかこのパターンは……。とはいえ、訳がわからず「え?あ、ハイ」と答えると「この先の札所まで送っていきますよ。スーパーにも寄りましょう」と言う。聞けばこの男性はNさんといって、Twitterの(またかよ!!)森の相互フォロワーさんの夫さんだそう。妻が森さんの投稿を見て助けてあげられないかということで、夫のNさんにお願いをしてくれたそうで、Nさんもそれでお休みの日なのにわざわざ会ったこともない赤の他人である「妻のフォロワー」を迎えにきたということらしい。とんでもない話である。

遍路小屋で寝転んで少し回復したというのもある。一人だと心細いが人が助けに来てくれた嬉しさもある。なんだか少し元気がわいてきた。「本当にありがとうございます。それではお言葉に甘えて……まずは金剛頂寺まで運んでいただけますか」。「はい」ということで鶴林寺の時と同じく、金剛頂寺までのとんでもない山道坂道を今回も自動車チートで「登らせて」いただくことになった。途中、さっきのローソンで出会った全身刺青の白人女性が道を歩いていた。「送りましょうか」と丁寧に声をかけるNさん。「歩いていきます。オヘンロ」と刺青の女性。外国人お遍路さんが日本語を話すのを聞いたのこれがはじめてかもしれない。それにしても大変敬虔な方である。麓から金剛頂寺までの坂道は相当長い。本来なら自転車を押して2時間以上かかっていてもおかしくない。それが車のお接待で汗一つかかずにあっという間に二十六番札所金剛頂寺。到着である。

参拝を済ませるとNさんが「あと行きたいところないですか」と聞いてくれる。少し元気が出てきたし、お礼にNさんにご馳走もしたい。昨日日比さんにこの辺りではシットロトというカレー屋さんが美味しいと聞いていたのでそちらに連れていってくれるようお願いした。「わかりました」と言いつつ、気のせいか少し浮かない顔をするNさん。これで気がつけばよかったのだが自分も疲れていてカンが悪かった。シットロトに到着。メニューを見ながらNさんが店員に言う。「すみません。辛くないカレーはありますか」。実はNさんは辛いものがとにかく苦手でスパイスの入ったものはほとんど食べないとのこと。あとでNさんの妻のフォロワーさんから聞いたところ「いつもカレーの王子様とかバーモントの甘口とかでつくってますよ」とのこと。って、それ早く言ってよ!!!カレーはホールのスパイスがゴリゴリ入り、噛むたびに味のムラも楽しめる、見た目にも美しい素晴らしい逸品だった。




その後もNさんは地元のスーパー「サンシャイン室戸」、ローソン、ダイソーにこちらのリクエスト通り順に連れていってくれた。Nさんの手助けがなかったら。食べ物も手に入らず寝たきりの一日になっていたに違いない。そう思うとゾッとするし、短い時間だったかもしれないが、この旅はじめての二人組での行動であり、同じくらいの年齢の日本人男性と話しながら動くのは楽しかった。

最後別れ際にお礼を言うと「これ」と言ってNさんはこちらにポチ袋をさりげなく手渡してきた。休日に車まで出してもらっているのにさらにお接待て……。申し訳なさすぎて普通ならいただけるはずもないのだが、こちらもここ数日の度重なるお接待を受けて、奇妙なことにそれを自然とする感覚、「お遍路さんの自覚」が生まれてきた。当然感謝はしてもしきれないのだが、逆に「知らない人のために休日に車を出す」とか「知らない人にお金を渡す」などという通常ならありえない不等価交換を受け入れるには「だってお遍路だから」「それがお接待だから」と受け入れるしかない。お接待を受ける体験を積み重ねることによって、そのカルチャーごと自然に内面化がなされていったというか。

最後は元のミタニ建設のお遍路休憩所におろしてもらったのだが、そのすぐ向かいにある有名な民宿「うらしま」さんが三時からチェックイン可能、本日の急な宿泊も対応可能ということなので予約だけし、お遍路休憩所でチェックインが可能になるまで2時間ほどだろうか。横になり眠った。休んだことで体調はだいぶ回復した。

時間になったので民宿に入る。一泊二食付きで7500円。食事はこの場合マストだろう。つけないと食べ物の確保先がない。野宿を基本にした激安セコセコ旅を当初は想定していたのだが実際にやってみると頻繁に民宿やホテルを利用している。お金はかかるし当初の計画と異なるのだが、屋根もあり壁もある。雨に濡れることもなければWi-Fiが飛んでいてスマホも充電できる。洗濯すらできてしまえば湯船にゆっくりつかることもできる。日中自転車での移動や山登りで疲れ切った体には、その贅沢があまりにも心地よく、一度味をしめるとやめられなくなるのだ。

単に贅沢とだけ言うのではなく、よほど体力に自信がある人や若い人、野宿やキャンプが好きで慣れている人とかでないと、テント生活の連続は今回のようにすぐに体調を崩してしまう。結果、旅程がさらに伸びてますますお金がかかるということにもなりかねなかったりする。民宿の湯船につかると一発でここ数日の疲労が吹き飛ぶようだ。完全に体調が回復した。

しかし不思議なものである。昨日は一日中自転車をこぎ、山を登り、それでまわれた札所はたったの一箇所。ところが今日は体調崩してほぼ寝たきりだったのにそれでも二箇所の札所を攻略。がんばって一人汗をかいてもなかなか前に進まなかったものが、人の助けや情けによってトントンと進んでしまったりするのだから人生のマイルストーンは当てにならない。大事なことは今日一日という短期スパンで見るのではなく、トータルででも着実に。向かうべき方向に進んでいるかどうかなのかもしれない。

明日は二十七番札所神峯寺(こうのみねじ)からスタートだ。

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