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10月10日(木)3日目 : 焼山寺(後編)、大日寺、常楽寺、国分寺、観音寺、井戸寺

昨日初めてもらったお接待のチオビタ。お接待もらったのが嬉しかったのと、冷えててとても美味しそうだったため午後なのにその場でグビグビ飲んでしまい、そのせいか昨晩はあまりよく寝付けなかった。お風呂に入れてないことも大きいと思う。4時には目を覚まし、旅の記録をつけたりしていた。

6時頃になるとクリスもNさんも起きてきた。Nさんは昨日のカップ麺の残りを食べていた。クリスもカップ麺。「お湯ないから沸かしてもらっていい?」。もちろんオッケー。困った時はお互い様だ。それはいいのだけれどお遍路さんはみんな食事どうしているのだろう。クリスに聞くと「自分はとにかくコンビニばっか使ってる」とのこと。

コンビニのごはんはまず安い。自分のような日本語があまりわからない外国人でも使いやすい。店員も慣れてる。それに美味しいしどこにでもある。調理器具は重くなるから一切持たないとのこと。それに日本のコンビニの食べ物はクオリティが異常だという。コンビニの冷凍食品もよく購入するらしい。店にセルフで電子レンジが置いてあるからそれで加熱してその場で食べたりしてしまうとのこと。クリスはとにかく関西人かってくらいケチなのだが、それでも毎日の食費には2000円から2500円はかけているそうだ。毎日コンビニ飯やカップ麺なんて大丈夫か?そう思ったが、考えてみれば体によいわけではないものの、それ以上に毎日たくさん歩くことの好影響のほうが圧倒的に大きすぎて、健康にしかならないんじゃないかと思った。

食事を済ませた後、まずNさんがすぐに荷物をまとめて出発。今回は休みの都合で10月16日にはバスで横浜まで帰らなければいけないそうだ。それまでにできるだけ多くの札所をまわりたいのだろう。出発も早い。別れ際、クリスと握手、そしてハグ。続いてぼくとも握手、ハグ。写真も一緒に撮った。「ありがとう」とNさん。「また会えるよ」とクリス。

次は自分が出発する。クリスは毎日欠かさず行っている瞑想とヨガがあるからそれをしてからのんびり出発するとのこと。

クリスの発想は常にとてもイージーゴーイング。そして何より自分にとってのハピネスを優先する。歩く距離も「ストイックに」決めている。「ぼくは1日20〜25kmがちょうどいいみたい。それくらい歩くととてもハッピーな気持ちになる。でも30km歩くと途端に辛くなってしまうんだ。そのことがわかってからは25km以上は絶対に歩かないことにしてる。スペインのカミオにも行ったよ。総距離700kmもあったけど、毎日25kmずつで歩ききったんだ」。

というわけでさみしいけれどクリスともここでお別れ。「そろそろ行かなくちゃ」と言うと「また会うよ。すべてはポシブルなんだ」とクリス。クリスは「自分は信心深い人間じゃない」と言う。実際、三回も遍路をしているのに寺の名前や由緒はまったく覚えてない。「11th」とか「23th」と完全に寺のことを番号でしか認識していない。それに昨日、納経代に1回500円かかると言ったら「あり得ない。常軌を逸してる。スタンプに?500円??マジかよ」と言っていた。「今回遍路は3回目だけど一度も納経してない。だってお金がもったいないじゃないか!ブッダだってスタンプしたらハッピーになるなんてそんなこと言ってないはず」。コントリビューションやドネーションは大事だししてる。でも納経は高すぎると言う。「ぼくは信心深い人間ではない。けれどもスピリチュアルには関心がある。宗教とスピリチュアルは違う。宗教は特定の神を信じるものだけど、スピリチュアルはもっとオープンマインドで開かれたものなんだ」。というわけでクリスとも「またね」と言ってお別れ。でもすぐに会える気がする。

さて、では焼山寺までどの道を行くか、である。道は二つある。一応舗装はされているが16km延々続く登り坂の道と、暗くて狭くて自転車に乗るのは100%無理な、由緒正しき空海が通った山道。自分は後者を選ぶことにした。昨日はあれだけ頑張って登ってきたのに、それでも6kmほどしか進まなかった。16kmとなると相当キツそうだ。それに「視聴者」が見たいのはヤバいほうの道、つまり6kmの山道だろうと思ったのだ。昨日お接待してくれたおじいさんによれば、流石に自転車に乗るのは無理だが押していくことは可能とのことだったし。不思議なもので、「どちらのほうが辛くないか」で選択しようとすると、どちらの選択もとても辛いと感じられるが、「どちらのほうがおもろいか」で選択するとなんだかワクワクしてくる。選べる選択肢自体は同じなのに。

「空海ウォーク」と名付けられたその道、入り口のほうを少し偵察してみる。確かに悪路である。土のあちこちから木の根が浮き上がっているし、勾配も相当なものである。が、確かに自転車を押して進めない道ではない。よし、それなら、あとは進むだけだ。

ところが少し道を行くとこれがとんでもない間違いだったと気づく。「なんとかなりそう」だったのは入り口のほうだけで、道は進めば進むほど険しさを増す。「道」と書いているが、まったく道なんてものじゃない。単なる崖みたいな箇所がいくつもあり「自転車を押して歩く」なんてことは物理的に不可能なのだ。そう気づいた頃には時既に遅し。引き返せる距離ではなくなっていたのだが、かといって前に進もうにも、もう自転車を持ち上げて、この崖のような「道」を行くしかない。サイドバッグに荷物をギュウギュウに詰めた自転車をほぼ直角に傾けながら両腕でこれを持ち上げ、前に投げ出し、自分も一段石段を登り……を何度も何度も繰り返した。当然、こんな危険なことをしていれば無事ではいられない。何度も転倒したしどこかで知らぬ間にぶつけたのだろう。iPhoneのガラスも割れた。転んだところに丁度切り立った岩がありそれが腹に刺さって悶絶もした。気づいた時にはソーラーチャージャーで充電していたバッテリーも無くなっていた。どこかで落としてしまったらしい。

何度も何度も転びながら、それでも少しずつ進んでいたがついに限界になり動けなくなった。地面に倒れこんでいると、下の方から人の気配がする。誰か歩き遍路が来たようだ。見るとクリスである。「ハロー!」。ハローじゃない(笑)。地獄だ辛いと言うと「自転車を持ち上げて行くしかない。でも自転車は重い。大変だ。厳しい道のりになる。もし平坦な道があればその時は自転車に乗ることも可能だろう」などと、アドバイス顔でまったくアドバイスになってない「アドバイス」をする。苦痛と疲弊で顔を歪めながら自転車を持ち上げては運びを繰り返す牛歩の自分を後ろに、調理器具すら持たない身軽なクリスはひょいひょいと先に行く。

しばらく行くとようやく光が見えてきた。どうやらここが頂上らしい。空海の像が出迎えてくれた。先に到着していたクリスものんびりしている。「やっと着いた……ここが焼山寺?」と聞くとクリスが「ノー」と無表情で答える。え???

「ここからもう一度、下っていく。するとその先にまた登り道がある。何度かのぼりくだりして、あと1時間半とかかな」。それを聞いて完全に絶望してしまった。1時間半???

少しだけ下り道があり、そこは確かにラクはできたものの、その後はさっきよりも険しい「道」がまた続く。せっかくクリスに追いついたがまた抜かされてしまい、ついにまったく動けなくなってしまった。力を込めて自転車を持ち上げるが、ズサリと自転車ごと落ちてしまう。ちょっと待て。こんなに酷い「道」なのに自転車は押していけるといった昨日のおじいさん、なんなんだ……。あまりの疲れと絶望に「ふざけんな!!!!」と叫ぶがあたりには誰もいない。

前にも進めずその場でへたりこんでいると、また「下から」人の気配がする。今度は日本人の歩き遍路の方である。こちらを見て当然のことながら驚愕している。「自転車……ですか???この山道を????」。その方の表情を見てようやく自分のしていることがどれだけクレイジーか客観的に理解することができた。どうしよう……。

「と、とにかく無事をお祈りしています」と言ってその歩き遍路さんは先に行ってしまった。それでも自分はまったく動けない。しばらくすると、はるか上のほうから声がする。「自転車のかたーーーっっ!!!!聞こえますかーーーーっ!!!」。さっきの歩き遍路さんである。「聞こえますかーーーーっ!!!上まで来たら道がありまーーーす!!! 左の道、左の道を進んで下さーーーい!!!」。遥か遠くから聞こえるその声に心完全に折れながらも、とりあえずはなんとかしてその分かれ道までは行こうと一歩進んでは休み、一歩進んでは休みを繰り返す。

ようやく先ほどのお遍路さんが言っていた分かれ道までたどりつく。確か左と言っていたな。言われた通り左の道を行く。たしかにさっきまでの悪路とは違って、一応道らしいというか、自転車を押せるくらいの、その程度の険しさだ。そのお遍路さんを信じよう。そう思い、先へと進む。が、道はどんどん険しくなる。他に誰も歩いていない。案内板も何もない。アプリで見ても方角的に「焼山寺」とまったく逆方向のように見える。挙げ句の果てには「ここは林業のための道路でこの先行き止まりです」と書かれた古びた看板があった。この道で本当にあっているのか??水もさっき飲み尽くしてしまった。もし道が間違っていたらその時はゲームオーバーである。緊急連絡でもなんでもするしかない。そう思った。それでも止まっていてもどうにもならない。この道が正しい道なのか。わからないけれど進むしかない。

かなりの時間が経ったと思う。正直もう完全に諦めきっていた。が、ある時、目の前に看板が見えた。「焼山寺500m」。マジか。ようやくここまで来た。体はボロボロだったが最後の気力をふりしぼり、遂に登頂、ってもうこれ、「登頂」って言っていいだろう。登頂成功した。

焼山寺にはついたものの、焼山寺は相当ありがたいお寺なのだろう。本堂に入るまでのエントランスが非常に長い。その道の途中にほぼほぼすべての仏教キャラ、大日如来、普賢菩薩、地蔵菩薩、阿弥陀如来釈迦如来薬師如来……の仏像が並ぶ。疲れてはいたもののこれらもどれも美しいので写真に撮りながら前に進む。

本堂の手前あたりで前を見ると、なんと一番札所霊山寺でぼくに「自転車でお遍路するのか」と声をかけてくれたご夫婦がいた。ご夫婦はこちらに気づいたようだが目に映るものが信じられなかったらしい。そりゃそうだ。「そっち」から来たということは、あのへんろ転がしを登ってきたということだ。自転車を担いで。お二人とも絶句していた。

こちらもヤケになってたし、テンションも高くなっていたので「自転車で!へんろ転がし!ブチ登ってきましたわ!どうもです!」と話しかけたが、ご夫婦はまるで幽霊でも見ているかのようである。「自転車で……自転車……」とかろうじて口に出してはいたがほぼほぼフリーズしていた。

もう少し行くと、先ほど山中で「左に行ってください!」と教えてくれた歩き遍路さんに出会った。ぼくの顔を見てこちらは完全に安堵の表情。「よかった!!!無事たどりつけたんですね!!!」。無事ではないがおかげさまで。左の道行ってなかったらヤバかったですよというと「そうでしょう。まっすぐ行ったらもう無理でしたよ。とにかくここまで来れて本当によかった」。そして「お写真撮らせていただいていいですか。こんな人もいたということで……」というので二人で写真撮影。ほとんど英雄扱いである。疲れ切っていたが気分はよかった。

その後、境内で自動販売機を見つけ、買って飲んだエナジードリンクの味はきっと一生忘れることができない。五臓六腑に染みるとはこういうことなのか。一気に飲み干すと今度は立て続けにもう一本。ペプシコーラを買い、これも一気に飲み干した。うまいなんてもんじゃない。生き返る心地だ。

少し休んでから大師堂と本堂に参拝。自転車を押しながら次の道へと進む。すると途中で出会った外国人がこちらを見て声をかけてきた。「自転車遍路してる日本人だよね?気づいてなかったかもしれないけど、途中でぼくともすれ違ったよ。荷物、とても重そうだね。もし重いなら荷物や自転車だけ先に麓まで送ってくれるサービスがある。たしか2500円くらいだったと思う。応援するけど、もし厳しいなと思ったらそういうサービスがあることも覚えておいて」。

しかしお遍路さん、現在ほとんど外国人ばかりである。しかもその外国人の多くはまったく日本語を話さない。話す気すらろくにない。躊躇なく英語で話しかけてくる。そしてこうした外国人は誰もみなお遍路についてめちゃくちゃ詳しい。どこに休憩所があるか次の札所までの距離と道の状態食料の調達場所などなど。徳島県民の自分より彼女ら彼らのほうが圧倒的に情報を持っている。

そして親切。おそらく彼らの頭の中には英語のブログやYouTubeで得た攻略情報が完全に入っている。その上でスピリチュアルなロングトレイルとしてのhenroをShikokuまでハイクしにきてるという感じなのだろう。そういう人間から見たら、重たい荷物を載せ、ロードバイクでもない単なるクロスバイクで移動する、いかにも普段運動とは縁がなさそうな体躯をしている自分などは、あまりこの道に明るくないnewbie、noobに見えるのだと思う。実際ドのつく初心者なのでそれはいいのだが、だからか気安く話しかけてくれ、いろんなことを教えてくれる。全部英語で。そう、これまでの経緯でお分かりの通り、お遍路で最も必要なスキル。間違いない。それは英会話である。

少し休んだら元気が出てきた。あれだけの絶体絶命の状況を乗り越えたという成功体験も大きい。今の自分は自信に満ちあふれていた。神山町の焼山寺を過ぎると、今度は徳島市内にある札所を何ヶ所かまわらなければならない。徳島市と言っても実はかなり広いのだが、札所はその西側にすべて固まっている。さすがに今日は疲労が激しい。バッテリーも心配だし今後のことも考えて今晩は野宿ではなく、徳島駅近辺で宿泊したかった。となると、今日中に市内の札所を回っておかないと、一度徳島駅、つまり東に行き、また札所のある西に行きまた東に……と二度手間になる。急がねば。次の札所、十三番大日寺へと向かう。

昨日今日と二日にわたり山を登ってきたわけだが、今度はこれを一気に下っていく。人生でこんなに長い坂を自転車で降りていったのははじめてだ。それくらい延々と坂が続く。登りはあれだけ苦労したから下りはラクなものである。一切足を使わない。途中、路端で息を切らしながら休憩しているロードバイクのおじさんを発見。今自分がくだっている道は「空海ウォークのへんろ道を行かなかった場合に通っただろう焼山寺までの道」である。つまり、ロードバイクおじさんは「そうでありえたもつ一つのパターンの自分」の姿そのものである。今、自分は何分もこの急な坂を下ってきた。相当長かったが、このおじさんは今からぼくが今来た距離を自転車持って登らなければならないのか……。

しばらく行くと向うから歩いてくるお遍路を発見。近づいてみるとなんとクリスだった。「また会えるよ」とか言っていたが今日だけで2回も再会するとは。「ハロー」とクリス。「この先もう少し行くとファミリーマートがある。コンビニは近辺にはそこだけだ。食べ物はファミマで調達するといい」。とにかくコンビニ大好きコンビニ人間のクリスである。ぼくは自転車、クリスは徒歩なので、ぼくのほうが速そうだが、荷物を減らしたハイカーのほうが実は山道では強い。移動も速かったりする。さらにクリスはこの後、徳島市内の札所はすべてスキップするつもりらしい。「cityは好きじゃないんだ。歩いてもおもしろくないし」。それに札所間の距離が長い場合は公共交通機関を使ったりヒッチハイクをするそうなので、自転車の自分とそんなに変わらないだろう。またどこかですぐ会える気がする。

多少の山道、アップダウンを過ぎると十三番札所大日寺に到着。焼山寺を経験した後では赤子の手をひねるようである。

実は「大日寺」という名前の寺は四国八十八ヶ所中、3つもある。四番札所も大日寺だったから、ここが二つ目の大日寺である。山奥の僻地にある焼山寺とはうってかわって、この大日寺、車通りの多いメジャーな県道沿いにある、非常にアクセスしやすい寺だ。なんとフィットネスジムまで併設している。道路を挟んで向かい側には神社がある。そのノリはまったく「ローソンの向かいにセブン」と同じた。四国遍路、どの寺もキャラ濃いな……。

その後も市内の札所を順に回っていくのだが、近くに札所がいくつも密集しているため、ここはほとんど「入れ食い」状態である。大日寺から3kmで十四番常楽寺。常楽寺から1kmで十五番国分寺。さらに自転車で10分もしないうちに、十六番観音寺、十七番井戸寺とあり、あっという間に打ち終えてしまった。テンポよく札所をまわればまわるほど「焼山寺の難易度はなんやってん」との思いが強まる。

予定通り徳島市内のすべての札所の参拝がおわった。とにかくゲドゲドに体が疲れている。何かカロリーの高い食べ物を食べたい。そう思って中華料理店に入り、餃子と豆苗の炒め物、麻婆豆腐と定食を注文。完食。正直なところ、まだまだ食べたりなかったが今日はこれくらいにしておく。市内のホテルも安く抑えることができた。共同の大浴場。二日ぶりの湯に心も体も生き返る。今日は屋根もWi-Fiもコンセントもベッドもある。こんなに幸せなことはない。明日はいよいよ小松島、勝浦、那賀、阿南。徳島県南部へと向かう。

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