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10月13日(日) 6日目 最御崎寺

今朝も早くから目が覚める。眠れないわけではない。逆だ。キャンプだろうがテントだろうが安眠。熟睡。本当は夜更かしして、みなと一緒にインターネットで戯れてその日を終えたいのだが、毎晩気づいたら意識がなく、夜明けが来る前に目が覚め、そして早朝のうちに旅の記録をつける、というのがルーティンになっている。いいことだ。いいことか?

いよいよ今日から高知県だ。お遍路には各県ごとに「ステージ名称」がつけられている。徳島は「発心の地」。高知は「修行の地」。愛媛は「菩提の地」。香川は「涅槃の地」だ。

これまで徳島でも事件も苦難もたくさんあったがあくまでそれは発心ステージでのこと。高知、修行編となるとこれまで以上の厳しさが予想される。四国をご存知ない方にはピンとこないかもしれないが、四国の中でも高知は「別格」というか「別扱い」なのである。「四国ではなく三国+高知だ」と言う人もいるくらい、文化的にも地形的にも他の三県とは異なる。自分も過去に高知には何度か行っているが、そのたびに驚かされてきた。ここから先はマジで何があるかわからない。これまで重くなるからと水は持ち歩かず「現地調達」していたが嫌な予感がする。念のため、キャンプ場で水をいっぱいに汲んでおいた。

さて高知に行く前に最後に徳島で会いたい人、会っておかねばならない人がいる。日比光則さんだ。

彼はもう20年近く前から「四国の右下」海陽町に住んでいる「仙人」だ。仙人というのは本当に仙人のような暮らしをしているからぼくはそう呼んでるのだが、本人も何度も「仙人暮らし」と言っているので失礼ではないだろう。とにかく非常につきぬけた人で、過去には先進的なアプリを開発したり、こだわりのつけ麺店をオープンしたり。「四国の右下」という呼称も日比さんが考えついたもので、いわば発起人である。現在は「未完成料理」=包丁レスまな板レス65度調理温蔵庫調理の研究をされている。どうだ、文字ヅラ見るだけでズバズバに尖っているだろう。

そんな日比さんの尖り、移住に対するまなざしや思考法に森は非常に多くのインスピレーションを受けてきた。同じ四国、同じ徳島に住んではいるが海陽町と徳島市とはまったく縁ないくらい離れている。だから、ご多分に漏れず、知り合った直接のきっかけはインターネット、Twitterである。日比さんは仙人だから基本的に徳島市内まで行くなんてことはないが、それでも過去に何度か子ども食堂やフードストレージの活動を助けてくださったり、なんと日比さんのつくる料理をごちそうしてくださったりしたこともある。

今日会うのも本当に久しぶりだが、毎日SNSで「接して」いるのでそんな気はしない。もちろんノーアポである。今回のお遍路中にも何度か「森さんですよね?」と突然声をかけられる経験をしたし、以前から突然何も言わずに会いにくるフォロワーなんかもいて、そのたび「来るのは構わないが事前に連絡寄越せばいいのに」「たまたま会えたからいいけど会えなかったらどうするんだ」と思っていたが、自分も日比さんに会うのにアポなしである。どないやねん。

いや、なんかアポ取ると構えちゃうんだよねー。自分は今回のお遍路を終えた後は二度と四国の地は踏まないと決めている。日比さんもやってることが尖ってるので錯覚するがもうとっくに70代である。となるとこれが会うのは最後になるかもしれない。が、だからこそというか。あんまり重たくしたくない。ふらりと訪ねてさらりと会いたかった。

日比さんのお店の前で「ごめんくださーい。日比さんいらっしゃいますかー」と声をかけると「いますよー」と返ってきた。よかった!いた!しばらくして日比さんと奥様が現れた。お互い近況について話す。Twitterでついにご夫婦ともにコロナに罹患したと聞いていたのでお体についてお聞きしたのだが、コロナだけでなく、日比さんご本人も大病を患い、先日手術をされたとのこと。

三人で記念撮影をし、今後の旅程についてアドバイスを受ける。「シットロトさんというカレー屋さんが森さん行かれると刺激を受けると思います。あと廃墟になっている展望台があります。そこから見ると室戸がどういう町なのか一発ですべてを理解できますよ」。重要な情報を聞いておかなければならない。「この先、最後のコンビニはどこですか」。「コンビニは少しいった甲浦(かんのうら)にあるセブンが最後。あとは個人商店のようなコンビニが途中に一軒あるくらい」とのこと。

最後にカステラやクッキー、野菜ジュースのお接待をいただき、日比さんの店を後にした。もう会えないかもしらないと思うとさびしいが、毎日SNSで接していると思うと別に何とも思わない(笑)。本当にいつまでもお元気で。

さて、ここからは高知県最初の札所、最御崎寺(ほつみさきじ)を目指す。前の札所の薬王寺からは80km、ここからでも50km以上はある。

少し行くと、日比さんが言っていた「最後のコンビニ」が見えた。朝ごはんも食べたばかりだしおなかも特に空いていなかったか、この後、何があるかわからない。スイーツやお弁当、飲み物を買い急いでかきこんだ。

名残惜しいがコンビニを後にし、走り出す。目に見える景色がとにかく美しい。トンネルをぬければそこはいよいよ高知県、東洋町だ。

ここから先は「野根の道」としてお遍路道の中でも非常に有名らしい。絶景である。海、山。それしかない。素晴らしい。ここらへんは写真で見てもらったほうが伝わると思う。


歩くのはかなり大変かもしれないが自転車ならまだ楽というか、走っていて大変心地よい。ただ、この区間は途中コンビニどころか自動販売機すら一つもない。これ、装備少し間違えて歩きだったら簡単に詰んでしまう。修行の地高知をナメてはいけない。

どれくらいこいだだろうか。自分の場合、自転車に乗っていても、途中で気になる景色や物があったら自転車を止めて写真を撮る。思いついたことがあったらこれまた自転車をとめてSNSに投稿する、なんてことをしている。だからか地図アプリでの到着予定時間より圧倒的に到着が遅くなってしまう。でも、寄り道、大事だよ。

途中、疲れてきてお腹も空いていたので道沿いに発見したお店に入る。席につくと隣の日本人夫婦が話しかけてきた。「お遍路さんですか」。聞くとこのご夫婦もお遍路に来たのだとか。最初は5年前に車でまわり、今回二度目の遍路を逆打ちで行っているとのこと。少し前に定年退職し体調も崩されたのでその快癒の祈願だという。静岡からお越しだそうである。

定年終えてのんびり。夫婦水いらずの、旅行に近い遍路なのだろう。そう思って「四国で美味しいものは召し上がりましたか」と当たり障りのない質問をしたつもりだったのだが、「特に。毎食コンビニですよ」と意外な答えが返ってきた。「名物とか……何か召し上がりにはならなかったんですか?」重ねてたずねたが「別に。香川でうどんは食べた」と、でもどこか不満そう。「他にどこかまわられましたか」と聞くと「それしかないし寺ばかり」とのこと。お土産は……と言うと「高知で買ったけれど店員がモタモタダラダラと遅すぎて」とこれまた不満タラタラである。

挙げ句の果てには「お兄さん、言葉がきれいですね。どちらのご出身ですか」と言われた。もう完全に四国の田舎者にうんざりしている口ぶりだった。

そうこうしていると注文した日替り刺身定食が出てきた。おかずが多く、ごはんもお味噌汁も美味しい。が、刺身がほとんど味がしない。おそらくめちゃくちゃ鮮度の良い魚なのだろう。漁師の民宿で食べたのと同じ味がする。こういうところの刺身は鮮度よすぎる可能性があるので今後ははずした方がいいのかもしれない。

食事も終えたし自転車に乗り旅路を急ぐ。しばらく行くと「廃校水族館」の大きな看板が見える。廃校水族館?思わず興味を持ちそちらに向かう。寄り道してばかりである。お遍路はどうした。

廃校水族館はその名の通り廃校をそのまま使った水族館。大人は入館料600円だ。こちらも写真を見ていただいたほうがわかりやすいと思うが、大変素晴らしい水族館だった。特に目立って珍しい生物がいるというわけではないかもしれない。が、あちこちに横溢する、らしいユーモアがたまらない。休日ということもあり、たくさんの家族連れで賑わっていた。当然お遍路んは一人もいない。




しかし、さっきお会いした日本人のご夫婦。別にお金に困ってるわけでもないし、退職もされてて時間もあるのだから、廃校水族館だってゆっくり見ていけばいいのに……。結局、人生もお遍路も「楽しむ」か「楽しまないか」なのだなと悟った。いくら時間やお金があっても興味や好奇心がなければ「ずっとコンビニ飯」で寺という点から点を移動するだけになってしまう。

いよいよ最御崎寺まで残り2kmの箇所まで来た。ラストワンマイル!と目の前を見て呆然とした。延々と続くロングアンドワインディングロード。そのすべてが傾斜10%以上の坂である。「室戸スカイライン」と呼ばれているらしい。確かに空にかかる路。そう呼ぶしかないような道で、坂をのぼる疲労もだが、とにかく下を見るとあまりの高さに気が遠のく(高所が割と苦手)。息を切らしながらどれくらいの時間のぼっただろうか。ついに二十四番札所最御崎寺に到着。長かった。時間を見るともう四時近い。寝る場所を確保しなくては。もうこれ以上坂道を移動する体力は残っていない。が、調べるとこのさらに山の上にキャンプ場があるらしい。電話をすると空きがあるとのこと。ではお願いしますというと「ただこちらに飲料水はありませんのでご自身でご準備ください」と言われる。水がない?準備ってどこで?お店はどこにあるんですか?と聞くと「お店は……近辺にはないです。今、最御崎寺にいらっしゃるんですか。それなら境内に自動販売機があると思うのでそちらでペットボトルの水をお買い求めください」。今朝、キャンプ場を出る時、荷物になるし重いけど水を入れてきてよかった。

参拝を済ませ、キャンプ場へ。すぐに設営をし、これまた例の「最後のコンビニ」で買いためておいたレトルトカレーを食べてすぐに眠くなって寝てしまった。今日は50km以上の走行、そして最後の2kmは延々続く坂道。そんな旅程をもう一週間近く続けている。さすがに疲労がだいぶ蓄積しているようだ。

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