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10月11日(金) 4日目 : 恩山寺、立江寺、鶴林寺、太龍寺


早朝三時に目が覚める。眠れなかったのではない。めちゃくちゃ快眠である。お遍路中は疲れきっていて、夜も早くに寝てしまうので目覚めもどうしても早くなってしまうのだ。早く起き、しかも日中はずっと運動しつづけるのだから当然夜もすぐ眠くなるという早寝早起きサイクルになる。いいことだ。

起きてすぐにコンビニに行き、コロッケ蕎麦と麻婆豆腐ともやしナムルを買って食べた。とにかく食べるのが楽しくて仕方ない。いくらでも入るし、美味しい。体が欲しているのだろう。「自転車で遍路なんて森さん痩せちゃうんじゃないの」などと行く前は言われていたが実際やってみるとまったく痩せる気配がない。消費したカロリーはその日のうちにしっかり取り戻している自信がある。まいったか。

ホテルでチェックアウトの時間まで旅のログを書きつける。当初の予定では日中はお遍路、夕方や夜には時間がいくらでもあるだろうからその時に旅の記録をつけたり、空海の著書を精読しようなどと考えていた。が、実際やってみるとこれが完全に無理な計画であることがわかった。日中動きまくるので夜はとにかく眠い。それにお遍路の旅はこちらの想像以上に濃く、書きつけておかなければならないイベントが多すぎてまったく記録が追いつかない。

せっかくWi-Fiのある環境だし今のうちにと、クリスが使っていたお遍路専用アプリをiPhoneにダウンロードしてみた。マップ上に札所やコンビニ、休憩所や道の駅などがそれぞれ「宿泊可能かどうか」などの詳細とともに表示される。UIもシンプルでとても使いやすい。もちろん表示はすべて英語だ。思うにお遍路はもう完全に英語圏のコンテンツなのだろう。今回事前にいくつか日本語のブログや動画を見てはいたし、それらも役には立ったのだが、どうも全体的に情報が古かったり、必要な情報とは若干ズレている感じが否めなかった。最新かつ有益なジャストな情報を得たいなら英語で調べるのがいいのかもしれない。

ホテルはお風呂もコインランドリーもベッドも電源もすべて一箇所にまとまっているのがたまらなく嬉しい。便利すぎる。洗濯をしているとさっき朝食を食べたばかりなのに、もうお腹が空いてきた。お遍路中で不殺生の戒を守らねばならぬ身である。ましてやパレスチナへの虐殺が現在進行中であるその最中に後ろめたいことではあるのだが、どうしても食べてみたくなり、ホテルの真ん前にあるマクドナルドに入って朝からダブルチーズのセットをいただいてしまった。そのあまりの美味しさに感動で泣きそうになってしまう。お遍路に出てからというもの、普段の当たり前がいかに「当たり前でもなんでもないか」を痛感してばかりいる。屋根があり雨が降っても濡れない、寒くなればエアコンつけられる、安全安心の幸せよ。

9時頃まで一心不乱にログを書いていたがまったく終わりそうにない。チェックアウトの時間も近づいているし、荷物をまとめ出発の準備をする。今日はまずは小松島にある十八番札所恩山寺へと向かう。

徳島の美しい景色を見ながら自転車を走らせるとすぐに恩山寺に到着した。いや、もう焼山寺の一件を体験してからは、だいたいのことが「すぐに」「ラクに」という感覚である。あれに比べたら大抵のことはイージーなのではないか。恩山寺の入り口は少し坂道が続くが、これも本当に大したことがない。あっという間に登りきってしまった。

自転車を停め、いざ参拝。とちょうどその時、iPhoneに父親からショートメッセージの通知が来た。何かと思ったら、緊急通知。なんと父親が富里付近の路上で転倒したというのである。驚いていると続々と何回も「転倒SOS」の通知が来る。父親に電話をかける。が、出ない。パニックになり母親に電話をかけるとしばらくしてから「なーに?どうしたの〜」と間の抜けた母親の声が聞こえてきた。父親が転倒したらしい、通知が何度も来ている!!と慌てて連絡すると「ああ、それ?あんたのとこにも来てたの。それね、なんか故障みたい。あたしのとこにも来ててすごく迷惑してるのよ〜」。よかった。が、本当に血の気が引いた。

ついでなのでその後も母親と近況について話す。「あんた今、どこにいるの」「十八番札所……恩山寺……スかね」「それってどこぉ。山奥?」「まあ割と都会だね、比較すれば圧倒的に都会」「ふーん。よくわからないけど雨とか降ったらどうすんの」「濡れるね」「ダメじゃない」「ぬれないように祈ってて」「そこお寺?どうやって行くの」「自転車で」「やだあ!!」なんてやり取りをした。

恩山寺は空海の母親である玉依御前ゆかりの地とのこと。そんな場所で奇しくも母親と久しぶりに電話で話すことになった。緊急通知が来た時は震えが止まらなかったが、これも親孝行せよとのお大師様の思召しか。今回もお遍路に出る前に人生でいろいろあった。大変な時、それでも味方になってくれたのは母親であり父親。両親のありがたみが沁みる。

参拝を終え、次は十九番札所立江寺に向かう。この辺りはラッパーのWatsonの出身地だそう。Watsonが大好きな友人がいるので景色を撮影してみたが、本当に特に何の変哲もない、あたり一面の田園風景である。

これまたあっという間に到着。今日はこの調子で滞りなくまわれそうだ。と、参拝の前にまたもやお腹が空いてきた。ちょうど寺の前に「キッチンゑみ」というお店があったのでそこで昼食をいただくことにする。フライ定食やカツカレーなどの定番が並ぶ。どれもおいしそう。見知ったメニューばかりである。が、その中になぜか「グルブイ定食」というメニューがあった。この店のおすすめだそう。グルブイて。ぜひ食べてみたかったが、クリームソースにパン生地でフタをしオーブンでじっくり焼き上げるというその調理法からして提供には時間がかかりそうだと思ったのでおとなしくカツカレーを注文。それだけでは足りずピロシキも同時に注文した。たいへんおいしかった。

立江寺は小さな、町の中の地元密着型のお寺という感じ。外国人は一人もおらず、自分以外、全員おじいさんおばあさんばかりである。行った時間帯の問題かタイミングの問題か。境内の中にあるベンチに座りながらおばあさんが「えっと(長い間という意味の阿波弁)蛇はみちょらんな」と言っている。それを聞いたおじいさんが「蛇はな、最近見よらんね。おらんようになったんかな」などと言っている。それを聞いておばあさんが「蛇なあ。昔はたくさん見たんやけど、えっと見とらん」と言うとおじいさんが「昔はようけおったけんど、今はおらんようになったんかな」と返す。完全に中川家のコント状態。無限ループである。微笑ましい気持ちになりながら立江寺を後にした。

さて次は二十番札所鶴林寺だ。実は鶴林寺のある勝浦エリアは自転車でこれまでも何度も行っている、通っているエリアなので非常に馴染みが深かったりする。ここの「よってネ市」という産直市が大変優秀で、おもしろい食材に出会えるので必ずチェックしている。今回も店員を見渡すととんでもないものを見つけた。何匹もネットに入った天然のモズクガニ。1780円である。直前までうどんやカボチャを与えて飼っていたのでミソまで甘くて美味しいです、などと書いてある。これを見て完全に我を忘れてしまった。お遍路は一時中断。今すぐこれを買ってかえり、この近所にある前川キャンプ場という無料キャンプ場に行き、今晩はモズクガニで大宴会を開くしかない。

真剣にそんなことを考え続けていたが、お遍路中にまだ生きてるカニを殺生して食べる。カニの味に目が眩んで仏も教えもそっちのけなんて言語道断だろう。後ろ髪引かれる思い、大変悲しかったが、モズクガニは諦め、もう切れていたので新米と、おいしそうな無花果だけ買ってかえった。これが最後のよってネ市か。寂しくなる。

産直市を後にして鶴林寺へ。ここからはまた山道が続くようだ。少し行くと看板がある。自動車は左へ。徒歩は右へ行けとのこと。こういう時困るのが自転車で、じゃあ自転車は右か左か?となる。少し迷ったが、なんとなく右、徒歩の道の方がなんか知らないがオーセンティックなのではないかと思い、右の道を進んだ。焼山寺の件からまったく何も学んでいない。完全なバカである。

が、看板の下にまた別の看板がついているのに気づいた。「自転車の人は右の道に入らないでください」。危ないところだった……。鶴林寺、こんな感じで各所の案内が大変親切である。わかりやすい。だから安心することができたのだが、左の道をしばらく進んでいくと、行けども行けども坂である。看板を見ると鶴林寺まであと4kmと書いてある。ちょっと待て。この坂をあと4kmだって? 焼山寺以来の久々のボスクラスである。

また一昨日のような苦労をしなければならないのか……絶望しながらも自転車を押して坂を登っていたら、軽トラックに乗ったおじいさんが近くを通りかかった。「行けるん?」と聞いてくる。「ご心配ありがとうございます」と言うとおじいさんは軽トラを少し先の道の傍に停めた。「乗せてったる」。そう言って自転車を荷台に乗せ「助手席に乗ってください」と言ってきた。地獄に仏とはこのことだ。ありがたく軽トラックのお接待を受けることにした。

お話をお聞きするとこの方は地元のみかん農家さんとのこと。鶴林寺の檀家さんらしい。これまでにも無数のお遍路さんにお接待をしてきたという。急勾配が延々と続くのだが座っておじいさんの楽しいお話を聞いていたらあっという間に鶴林寺に到着してしまった。「ありがとうございました!」と言うと「こちらがありがとう」とおっしゃる。「お遍路はしてもらうほうではなく、させていただくほうがありがとうなんよ」。実はお遍路さんは同行二人(どうぎょうににん)。つまり、常に空海様と一緒に歩いていると信じられている。なのでお遍路さんに親切をするということは空海様に親切にするのと同じこと。空海には「濁った井戸を一瞬でクリアウォーターにリバイバルする」(十七番札所井戸寺)などの超越した神通力があり、空海に親切にした人の家が栄えた、病気が治ったなどの伝説が無数に伝えられている。だから軽トラに自転車を乗せて運んでくださり「ありがとうございます」ではなく、軽トラに自転車を乗せさせていただき、寺の前まで坂道を運ばせていただき「ありがとうございます」が「本当」なのだ。とんでもない世界観である。

だが、そのとんでもない世界観のおかげで、本来ならばここまでの寺の中では焼山寺に次ぐ難所だと思われる鶴林寺に何の苦労もなく到着してしまった。確かにお接待は「させていただく」ほうが「ありがとう」が本来なのかもしれないが、自分にはこの農家さんが仏、空海に見えた。

二十番札所鶴林寺は山奥にある静謐な寺である。その名の通り「鶴」のモチーフがあちらこちらに散りばめられている。厳格な雰囲気もだしているが親しみやすさもあるいい寺だなと思い脇を見ると古びた仏像がある。仏像は発見次第、もれなく見てまわるようにしているのでそちらの方に足を踏み入れたら、途端にブザー??が鳴り始めた。え??ここは侵入しちゃいけないゾーンだったの??

びっくりして元の道に戻る。今のは何だったんだとふと横を見ると鉄線を伸ばした柵がある。「危険 高圧電流」と書いてある。ええ??一体何を守ろうとしているのかまったくよくわからなかったし、子どもなら間違えて触ってしまっても全然おかしくない位置に何気なくある鉄線に高圧電流。ひょっとしたらハッタリかもしれないが、仏教では十悪として妄語(嘘)は禁じられていたはずである。本当のところはわからないが確認する勇気もなかった。

無事参拝を済ませて帰ろうとすると、足元でかすかに音と気配がする。何かと思って見ると黒く細い蛇だった。蛇はかわいくて好きなのでiPhoneで撮影しようとしたところ、近くを通りかかった参拝客二、三名が「蛇だ!蛇いたよ!待って待って待って!」と叫んでこちらに近づいてくる。こちらに来るとシュルシュル動く蛇を一生懸命撮影している。蛇好きなんですかと聞くと「今年は辰年でしょ。だから蛇は縁起がとてもいいんです」とのこと。それを言うなら巳年ではないのか?とも思ったが「だから神様が歓迎してくださってるということなんですよ」とのこと。

そんなに信心深いほうではないと思うし、スピリチュアルなほうでもない。まだお遍路の旅もはじめてからたったの4日しか経ってはいない。けれどもたった4日間でもいくつも「導き」を感じた瞬間があった。恩山寺でも突然父親からの転倒SOSメッセージのおかげで久しぶりに母親と話をしたり、鶴林寺も本当にちょうどいいタイミングでお接待を受けたり。なのでこの蛇もそうした導きの一つなのだと思うことにした。

参拝も終わり、次はいよいよ二十一番札所太龍寺である。鶴林寺から、さっき(軽トラで)登ってきた道を自転車で駆け降りる。途中一箇所分かれ道があり、左に行くと元来た場所、勝浦町の麓に出るが、右に行くと太龍寺のある那賀町鷲敷(わじき)に進む。行けども行けども川と山ばかり。人は誰もおらず本当に素晴らしい景色だ。

四国ケーブル太龍寺ロープウェイに到着。自転車を停め、ロープウェイに乗ろうとすると、後ろから「森さんですよね?」と声をかけられる。顔も知らない年配の男性だ。驚いていると「これお接待です」と言ってプロテインバーや栄養ゼリーをくれた。「え??なんで知ってるんですか??」と聞くと「フォローしてます」「以前少しスペースで話したことがあります」とのこと。「書いてるブログ、おもんないと言われました」。心当たりがある。毎日mixi(!!!)にブログを書いている、お笑いが好きなので笑える時事ネタを書いているが、なかなか読まれない、どうしたものかといった相談を受けたのだ。言われて読んでみると確かにおもしろくない(笑えるわけではない)。自分は感想は忌憚なく口にするタイプなので「確かにおもしろくないですね」と言ったのだった。

しかし、自分が毎日一生懸命書いてるブログに対し「おもんない」と平然と言い放つ人間をそれでもSNSでフォローしつづけ、なんなら投稿もすべて読んでおり、ロープウェイで待ち伏せてお接待を渡す。その心境がまったく理解できない(笑)。しかし、このお接待は嬉しいし、声をかけてもらって、なんだか有名人気分も味わえた。ありがたい。

ロープウェイに乗ろうとすると、向こうからやってきた白人の老夫婦が話しかけてきた。

(あ、お遍路で外国人が「話しかけてきた」というシチュエーションがこれまでも何回かあったし、これからもたくさんあるだろうが、外国人が「話しかけてきた」と言った場合、特に断りがない場合はすべて英語である。それくらいお遍路の外国人は日本語、「ありがとう」や「こんにちは」といったほんの少しの日本語すら話さない、話そうとしない。)


「ロープウェイ乗り場はあっち。私たちもあなたと同じ。自転車でここまで来た。自転車もロープウェイに載せてもらえる。チケット売り場はあっち。片道は1300円。次の発車が三時だから……もうそんなに時間ない。急いで」

どっちが地元民でどっちが外国人なのかわからない。お遍路で出会う外国人はみんな相当のお遍路マニアで情報通。彼女たちから見たら、ぼくはいかにも何も知らない頼りない新人お遍路さんに見えるらしい。

山の麓から頂上にある太龍寺目指して。先の鶴林寺では軽トラックに乗ったが今度はロープウェイだ。さっき話しかけてきた白人夫婦も一緒である。ロープウェイ自体乗るのが久々だということもあるが、自転車と一緒にロープウェイに乗るのは初めてだ。年甲斐もなく大興奮してしまった。しかもロープウェイの床には格子上の覗き穴もある。「携帯やスマートホンなど小さなものを落とさないようにご注意ください」とのことだが、穴を覗くと遥か真下が見える。その穴から風が吹いてきてのぞくこちらの顔に吹きつけてくる。「下から風めっちゃ吹いてるぞ!」と大興奮して、例の老夫婦に報告する(もちろんヘタクソな英語で。外国人お遍路さんたち、マジで日本語をハナから理解する気ないので)。妻のほう、黒い眼鏡をかけた高齢の女性は「やだあ。絶対のぞかない」と言っている。聞けばこの白人夫婦、オーストラリアから来ているという。女性のほうは70歳。男性は年齢不明だが同じような歳。ぼくと同じく自転車での遍路をしていて42日間使ってまわりきるつもりだという。「焼山寺のあの山も私、自転車で登ったのよ」と女性が言う。あの山あの道を70歳で自転車で行くとはとんでもない。

ここまでお遍路をしてきて、お遍路に必須のスキルセットがだいぶわかってきた。まず何よりも英語、英会話である。これがないと外国人お遍路からの貴重な情報がすべて得られなくなるし交流もできない。次に「高所への免疫」である。今回の太龍寺ロープウェイもそうだが、あちこちで「ここ落ちたら死ぬな」な景色に遭遇した。高所恐怖症だと「ここから先進めない」というシチュエーション。全然あるなと思った。

太龍寺に到着。ここも素晴らしい寺だ。本堂に向かう階段の脇に小さな賽銭箱が置いてある。見ると「三十七才女厄」と書いてある。少し登るとまた賽銭箱があり、今度は「四十一歳男本厄」とある。そんな感じで年齢がどんどん上がっていくのだが、百歳の箱には「百歳おめでとう」と書いてあった(笑)。

さて参拝を終え今度は二十二番札所平等寺へと向かう。のだが、要するにそれはどういうことかというと「さっきロープウェイで登ってきた高さを今度は自転車で行く」ということになる。当然延々と下り坂である。一応ロープウェイのスタッフの方に聞いた通りの道を行っているはずなのだがほとんど何の案内もなく、人一人通らない完全な山奥である。本当にこの道で合っているのか。道が間違っていた場合、それはつまり「引き返す」ということである。降ってきた山道を「引き返す」とはどういうことかというと、要するに「もう一回登る」ということだ。冗談ではない。

どれくらい道を降りただろうか。途中一人も人に会わなかった。ただ、目の前を雉が一羽走り去っていっただけである。ようやく道らしい道に出た。「道」と言っても、目の前に小さな民宿兼キャンプ場があるだけだ。

ナビを見る。現在時刻16時30分近く。次の平等寺までは徒歩で2時間半と出ている。自転車でも40分ほどはかかるだろう。納経は17時までだからこのペースだと間に合わない可能性が高い。仮に平等寺の付近についたとしてもそこは新田(あらたの)。「田んぼばかりで何もない」場所として徳島ではよく知られた場所である。行くか。それとも今日はここまで。目の前にある民宿に泊まるか……。

そうしてしばらく思案していると「どうかされましたか」と年配の男性が話しかけてきた。目の前にある民宿兼キャンプ場のオーナーさんだそうである。状況を説明する。「平等寺はここからだとそこそこかかりますね‥‥」。やはり。「行っても宿泊施設もないと思います」。お部屋をお借りできるかお聞きする。「うーん……お一人ですよね?一部屋なら……。お食事はご用意されてますか?」。食事は準備できると答えると「それなら。素泊まりなら部屋がらございます」とのことだった。料金は5500円。お支払いしようとしたが現金が3500円しかない。カード支払いは電子決済はとたずねてみたのだが現在は利用できないとのこと。小銭入れも探ってみるがそれらを合わせても4500円しかない。するとオーナーさんが「それで結構ですよ」という。軽トラのお接待にエナジーバーのお接待。そして今度はお宿のお接待までいただくことに。お接待づくしの一日だった。本当にありがとうございます。

「他の宿泊客もいらっしゃるので、同じ食事を出すことはできませんが。私も自分用にインスタントラーメンを調理したりしますので。同じようなものでしたらご用意させていただきます」。そうおっしゃってなんと夕飯もお接待してくださった。たまごを落としただけのシンプルなサッポロ一番味噌ラーメンだったが、体に沁みた。とにかく美味しかった。

こちらの民宿では洗濯機や乾燥機も無料で利用可能とのこと。計らずとも昨日に続き、お風呂も入れれば洗濯もでき、Wi-Fiも利用できればコンセントで充電もできる、素晴らしい環境で一晩過ごすことができた。ありがたや。

民宿の前に自転車を停めてある。載せてあった荷物をおろして部屋に持っていこうとしたら「森さんですよね?」。また知らない男性から声をかけられた。「これ、お接待です!」。見るとAnkerの20000mAのモバイルバッテリーである。「焼山寺でモバイルバッテリーを無くしたとお聞きしてお困りだろうと……」。食べ物や飲み物のお接待は聞いたことはあるがまさかモバイルバッテリーのお接待とは……。「満充電済みですので」。マジか。

聞けばこの男性、作家の牧田寛の大学の先輩とのこと。その縁で牧田氏をフォローしていたが、その牧田氏がフォローしていたことで森のことをX上で知りフォローしてくださったのだそうだ。今日、立江寺に向かうと書かれていたので追いかけようとしたが、少し家を出るのに手間取ってしまった、太龍寺を越えて平等寺に行かれるとのことだったので、そこでお渡ししようと待っていたが、先ほどの実況で(スペースで実況配信をしていた)今晩は平等寺には向かわず、こちらの宿でお休みになるとお聞きしたのでお渡しにあがりました、とのこと。牧田氏には以前一度か二度、少額ながら支援をしたことがある。情けは人のためならずというが、まさかこんな形で返ってくるとは。

自分が使っているのはiPhone15Pro。20000mAもあれば4回は満充電可能だ。いくら野宿でキャンプで宿泊費を安くあげるといっても、バッテリー切れだけはどうしようもない。でもこれだけの電源があればしばらくは野宿でも問題なく旅ができそうだ。

お遍路の「お接待」文化。そのとんでもなさに驚愕しっぱなしの一日だった。明日はいよいよ平等寺。そして阿波徳島最後の札所、美波町日和佐にある二十三番札所薬王寺へと向かう。

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