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10月24日(木)17日目 明石寺
5時起床。よく眠った。が、起きて外に出てみるとキャンプ場一面、霧だらけで周囲がまったく見えない。テントについた結露もすごい。雨が降っていたのかと思うくらい濡れている。昨日受付で自分以外誰も宿泊者はいないと聞いていたから、この霧の中に一人だけだと思うと急に怖くなってきた。テントの中に入り旅の記録をつけることにした。しばらくして急にトイレに行きたくなった。外に出てトイレに向かうが、トイレがまったく見つからない。一つにはこの霧がある。少し前もよく見えない。さらにこのキャンプ場自体の広さである。ここはキャンプ場専門施設なのではなく市民の運動公園複合施設だから、マレットゴルフを楽しむ老人や野球の試合を頑張るリトルリーグの子どもたちなども昼間はいる。あっちにはテニス場、こちらには野球場と組み合わさっていて、施設内は相当広い。昼間、係の人から「トイレはどこを使ってもらってもよい」と言われたので、トイレは歩けばそこらへんにいくらでもあると思っていたし、昨日はテントを張るだけ張ったらすぐに飲みに行って、テントに戻ってきてすぐ眠ってしまったからトイレの場所の確認もしていなかった。結果、広い施設内、どこにあるのかわからないトイレを数メートル先も見えない霧の中、便意尿意を抱えながら坂を登ったりくだったりしながら探すことになってしまった。しばらく探したのだがどうしてもトイレが見つからない。というよりも、このままではテントまで帰れないかもしれない。仕方がないのでとりあえず何とか来た道をたどってテントまで戻った。ではトイレはどうするかだが、ここでするしかない。周りには誰もいないし、トイレットペーパーは常に携帯している。ビニール袋もあるからそこの中にして、使用した紙も一緒に入れた。袋を念のため二重にする。サイトは汚してないとは言え、朝から非常にショックな出来事で気持ちがまた落ち込んでしまった。
テントを撤収して8時に出発。まずはもうここからすぐ近く、西予市内にある四十三番札所明石寺(めいせきじ)へ向かう。8時だから通学してる学生や通勤に向かう社会人とたくさんすれ違う。自転車で1400kmまわって八十八ヶ所の寺をまわりお勤めしてくるのだと書けば、なかなかな苦行だがんばれとみんな言ってはくれるが、好きな時間に起き人が働いてる時間に寺で遊んでると書くと結構なご身分でと自分に自分で皮肉を言いたくなる。愛媛に入ってからは自分が単に「遍路だと言い張ってる無職」に感じられて辛い。「お遍路」という世界観に周囲の人が誰も乗ってきてくれる感じがしないのだ。
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明石寺の前はまたしても坂。こちらも慣れたもので途中で自転車を放って自分だけ歩いて坂を登る。このほうが重い荷物をつけた自転車を押して上げるよりも疲れないのである。明石寺の坂は大したことがなく(お遍路しているとこれくらいの坂は坂とも認識しなくなる)すぐに門に到着してしまった。門も荘厳で素晴らしいし、本堂も美しい、山の中にある寺である。が、説明書きを読んで驚いた。天台宗の寺だという。空海なら真言宗だろう。それなのに天台宗?明石寺の近くには学校もある。そこに通う生徒やこの近くの子どもたちは明石寺のせいで空海=天台宗と間違えてしまうのではないだろうかと余計な心配をしはじめてしまった。昨日は昨日でほとんど神社が上のような寺があったと思ったら、今度は真言宗ではなく天台宗の寺である。札所の宗派はすべて真言宗というわけではないと聞いてはいたが、それにしたって四国遍路。コンセプトがブレブレではないだろうか。こちらも恥ずかしいけれど、そういうコンセプトだからということで白装束来て移動してるし、店にも入る。トイレに入るときには輪袈裟も外している。それなのにそっち、運営側がそんなにコンセプトブレブレでいいのか?愛媛に入ってから四国遍路そのものへの疑問がふつふつと湧き上がるようになってしまった。
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無事四十三番まで札所は打ち終えた。次が終わればようやく半分終了である。長かった。で、お次の寺は……と地図を見て気が遠くなった。久万高原(くまこうげん)という山の中と、さらにその山の奥に二つ。札所がある。ここからの距離はおよそ80kmで途中山越え有りである。
心が折れた。
というか、さすがに連日こんなに山越えばかりしてたら体をぶっ壊してしまう。昨日の法華津峠の無駄越え(歩き遍路のほうが早かった)のせいで遍路する自信を失ってしまった。足も体力も気力もぜんぶやられてしまっていて、また坂を登るようなコンディションではない。それにこの山の中になんとか一日かけていけたとして宿が確保できるのか。天気も怖い。迷いながら地図を見ると、松山からも久万高原に行けるルートがある。松山なら宿も確保しやすいし久万高原との距離も比較的短い。今日は直接松山に向かい、松山に二泊。そこで久万高原にある二ヶ所の札所と、松山にある八ヶ所の札所をまわってしまうのはどうか。
今日は明石寺の一ヶ所のみ、それもほとんど昨日の「打ち残し」なのが少し後ろめたいが、仕方ない。ここから松山まででも80kmほどある。決してラクをしているわけではない。そうと決まれば進むのみ。松山に向けてただただ移動する。これまた最初、大洲市あたりまでの移動は快調だったのだが、そこからがおかしい。ずっとうっすらと坂なのである。坂を越えると坂。その次の坂を越えたところで坂があるのでそれを超えると長い坂があり、さらに進むとある坂の次の坂の次に坂があるのでそこを進むと坂にたどりつく。本当にそんな感じでえんえんと、急ではないけれどうっすらと坂。松山までの距離残り35kmと書かれていたところから残り20kmと書かれてるいたところまでは延々坂だったのでたぶん15kmほど続いたと思う。「犬寄峠」と書いてあった。峠を越えると今度下り坂。伊予市に入る。ここの景色は徳島で言うと鳴門や松茂、飛行場の周辺に近い。ロードサイドにわかりやすいお店が並んでいる。
ヘトヘトになりながらも予約した松山のゲストハウスに到着したのは五時頃だった。ゲストハウスは道後温泉のすぐ近くにあった。温泉施設は近いしたくさんあるからそちらを使ってくれということなのだろう。シャワールームしかない。格安のゲストハウスなのでベッドメイクも自分でしなければならない。80km坂道自転車こいできた旅人にさせることか?と思ったが料金は安いしロケーションはいいので仕方がない。早速、道後温泉に入ろうと思ったら、時間帯もあり長蛇の列ができていた。他に温泉を探す元気もない。仕方ないので今日はゲストハウスのシャワーを使うことにした。本当は風呂に入って明日のために回復したかったけど……。
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その後、また道後の街に出る。ゲストハウスのホストの方から教えていただいたおすすめ店に行くがここも予約で今日はいっぱいとのこと。他の店も見てみるが、道後温泉周辺は完全に観光地である。お土産もサービスも食事も何もかもが観光地価格。名物の「鯛めし」は2000円もする。鯛も珍しい人には珍しいのかもしれないが、こちとら徳島、鳴門の鯛ならいくらでも食べている。気安くお酒が飲め食事ができるところがなかなかない。が、その中にふと一軒だけ、まったく観光地してない雰囲気の居酒屋があったのでそこに入った。店のメニューがすごい。鳥のレバーや「たまひも」(いわゆるキンカン。卵巣とそのスジ)、適当な魚の切り身の南蛮漬け、切り干し大根の酢漬けなどが置いてあり、どれも値段が400円、500円と大変良心的。いい店を見つけた。出張で来ていたサラリーマンと会話になり、こちらはお遍路で来てます、自転車遍路ですと言うと、それを聞いた別のテーブルにいた三人組が話しかけてきた。
この三人組もお遍路なのだという。女性二人男性一人の三人組で三人とももうすでに遍路を50周以上まわっているとのこと(移動は自動車メインである)。そのうちの男性と主に話をした。男性はブンさんと言うらしい。現在は広島にお住まいで仕事もすでに引退されて、今は好きなときにお遍路に来ているようだ。「順打ち?逆打ち?」と聞かれたので、順打ちで明日久万高原にある大宝寺に向かうというと「ということは岩屋寺(いわやじ)はこれからってこと?」「岩屋寺まだなのかあ。ふへ。ふへへへへ」と笑う。その岩屋寺とは何なのか、何があるのかと聞くのだが「岩屋寺はねえ……行ってのお楽しみ。まあ、でも、ほら。こうやってキツいキツいとイメージしておくと、実際はそんなに大したことなかったなって思えるかもしれないじゃない?」とはぐらかされた。勘弁してくれよと思ったが、こちらもあの焼山寺を自転車担いで踏破した男である(マネは絶対にしないでください)。その経験をブンさんに伝えたのだがブンさんは「あそこは自転車じゃムリよ。ホラふいちゃってー笑」と酔っ払いのヨタだと信じてもらえなかった。そりゃそうだ……。
ブンさんはお遍路をなぜ繰り返すのか。その魅力はと聞いた。「無心になれるんですよ。スッキリするんです。次の寺のことだけ考えていればいい。般若心経を唱えるだけでいい。唱えている間は他のわずらわしいことすべて頭から消えて行くんです」。「ま、明日、頑張ってください」。そう言ってニヤニヤしながらブンさんは店を去っていった。
というわけで、自分もいよいよ明日、久万高原に登る。大宝寺とその奥の岩屋寺を見にいかねばならない。
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