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令和の驚異の部屋にようこそ。「超絶技巧、未来へ! 明治工芸とそのDNA」

“我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。” 創世記 1章26節

前原冬樹『一刻 グローブとボール』

展示ケースに野球グローブとボールがぽつんと。
使い古された革のくたびれ具合がひしひしと感じられます。

長谷川清吉『銀製 梱包材』

緩衝材に包まれた箱。少し力を入れるだけで潰れるプチプチの触感。

小坂学『#237 Sports Shoes』

そして、真っ白なおろしたてのスニーカー。

展示ケース内にあるのは、身近に見かける普通の品々。
予備知識が無ければ、ただそれだけに見えるかもしれません。
もしもこれらの物のリアルな感触をイメージしたら、その時点であなたの脳は令和の匠たちの腕に騙されています。
実はグローブとボールは木材、プチプチは銀細工、スニーカーは全て紙で作られています。まさに「騙し絵」ならぬ「騙し彫刻」。

日本橋の三井記念美術館で開催されている展覧会「超絶技巧、未来へ! 明治工芸とそのDNA」の内覧会にお邪魔しました。

明治時代から継承された技術をアップデートした、17名の令和の匠たちの超絶技巧の数々。「すごい!本物みたい!」という感想を通り越して「わけがわからないよ。。。」と呟きっぱなしだった感想をつれづれと。

まず、自分の独断で展示品の系統を三つに分類してみました。

● Artifacta ~ 人工物

前原冬樹『一刻 ブランコに朴の実』

長年使われたブランコ。これも全て木で作られています。金具や小さな木の実も一本の木材を削り出して生み出されていると聞き、どういうこと?と狼狽しまくり。

彦十蒔絵 若宮隆志『「ねじが外れている」モンキー、工具箱、ねじ』

こちらはレンチと工具箱。これらも金属は一切使わず漆塗り出来た作品です。
レンチはわずか数十グラムしかないのだそう。見た目と実際の重さのギャップを楽しむ作品。実際に手に取れないのが残念です。

長谷川清吉『銅製 紙袋』

こちらは銅なのに紙袋とひねりの効いたタイトル。作者は代々の金工師の四代目。自分の持てる技術を存分の発揮する方法を模索した結果が、使い捨て製品を金工で再現することなのだそう。

これらの作品の共通点は、膨大な手間ひまをかけて、日常の何でもないものを再現しているという事。
千利休が無骨で歪んだ樂茶碗を、端正な陶磁器よりも尊んだ事にも通じる、これぞ令和版「侘び寂び」の精神。
大量生産品を膨大な時間をかけて再現する。その姿勢に現代の消費社会やコピー可能なデジタル社会への皮肉やユーモアを感じてしまうのは自分だけでしょうか?

● Naturalia ~ 自然物

福田享『吸水』

蝶の標本などではありません。
木工細工(しかも無着色!)のアゲハ蝶はもとより、板の上の水滴も土台の木材を削って出来た作品。
作者の福田氏によると、人の手で作ったことを証明するため、あえて蝶の羽に鑿の跡を残したのだそう。

大竹亮峯『月光』
こちらは本物の月下美人の花

こちらは一晩だけ大輪の花を咲かせる月下美人を、鹿の角や数百年の間土の中に埋もれていた欅を使って再現した作品。
本物の花の画像と対比させることで、より正確さが際立ちます。作品の下部に水を注ぐと花が開花する驚きのカラクリ。

本郷真也『Visible 01 境界』

鉄の板を叩いて造形する鍛金を用いて作られたリアルなカラス。この作品にCTスキャンをかけると。。。

骨がくっきり。

画像は本物のカラスのスキャンではありません。先ほどの鉄製の鳥の内部構造。決して外から見えない骨格まで鉄で再現する、恐るべき執念とテクニック。

人は自然に存在するものを、あえて膨大な手間暇をかけて模倣する。
この「模倣」という行為、モノマネも含めて自然界で出来るのは人間だけだそう。つまり、自然を写す行為が人間らしさの証拠とも言えるのです。
逆に考えると、人間がこれだけ時間をかけて形作る造形が、自然界では“自然”にできてしまう。それってすごい事だと思えませんか?
人工物から自然の奥深さ、神秘を感じとることができる、自然と人工の境界を揺さぶるパワーを持つ作品たちです。

● Mirabilia ~ 超絶物

池田晃将『Artifact03』

七色の光を放つ漆黒のモノリス。その表面を拡大すると。。。

びっしりと埋め込まれた数字たち。

こちらは漆の表面に極薄の貝殻を貼り付ける螺鈿細工の作品。数字はレーザーカッターで切り出し、一枚一枚注意深く表面に組み込んでいます。もはや「伝統工芸」の枠組みから大きく飛び出して、SFやゲームを思い起こさせる圧倒的な存在感。

稲崎栄利子『Euphoria』

最後の作品は一見するとレースのよう。
しかし素材は布ではなく陶磁器、つまり焼き物。
極小の陶磁器のリングをつなぎ合わせ、スカーフのように柔らかな作品に仕上げました。
もし一つでもリングが割れてしまったら、もし焼き上がりに失敗したら、繊細すぎる作品ゆえ、制作にかかるストレスを想像するだけで胃が痛くなってきます。

人工でも自然でもこれまで存在しない、圧倒的な手技(スキル)が生み出した造形物。そしてこれらを作った作家が明治時代に生まれていたら、同じ作品を作っていたかというと、答えはノー。
当時はこれらの極小パーツを作成する技術は存在しない。つまり現代の科学技術と人間のスキルが合わさって生まれた作品なのです。
この制作姿勢こそ、これからのテクノロジーと人間の理想的な付き合い方があるのだと確信しました。
理想のモノ作りのため、最新技術を活用して自分の手も動かす(つまり、ズルしちゃだめ)。これが一番大切。
世の中に溢れるデジタル・アナログ問わず長く残るのは、ズルしていない作品だと思うのです。

アナログ技術の極みともいう展覧会で、AIなどのデジタルテクノロジーとの付き合い方を考えさせられるとは予想外でした。
令和の驚異の部屋(ヴンダーカンマー)と呼ぶにふさわしい展覧会。アナログ、デジタル問わずものづくりしている人は見に行くことを強くおすめします。

「超絶技巧、未来へ! 明治工芸とそのDNA」
会期:2023年9月12日(火)〜11月26日(日)
会場:三井記念美術館
開館時間:10:00〜17:00
ウェブサイト:https://www.mitsui-museum.jp

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