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警鐘(掌編) 【秋ピリカグランプリ】

2024年10月4日(金)
佐伯は、玄関のポストに何かが投函された音で目が覚めた。
新聞をとっているわけではないのに、こんな朝早くからなんだろうか、と確かめてみると、一通の封筒であった。中をあけてみると見たこともないくらい真っ白な用紙が一枚、そこには「アスデルナ」という五文字が書かれていた。アスデルナ…明日出るなということだろうか。まあ明日はどのみち土曜日で何もすることがないのだからこんなイタズラに付き合うまでもなく家で読書をすると決めている。

出社すると、後輩の高山さんが、「佐伯さん、明日予定空いてませんか、もしよければ、最近オープンしたカフェに行きませんか」と訊いてきた。
高山さんと食事。そしてうまくいけば、その後飲みにいくなんて展開もあるかもしれない。
だが、佐伯は今朝の「アスデルナ」が頭をよぎった。あんなふざけたイタズラに付き合う義理はない。もちろん行こう、と思ったのだが、万が一というのもある。どちらにせよ読書の気分だったのだ。
「ごめん高山さん。明日はちょっと用事があって、来週なら行けるんだけどどうかな。」
「わかりました。じゃあ来週。絶対ですよ。」
「もちろん!」

翌日の昼頃、家で読書をして、うとうとしていたら、パトカーのサイレンの音で目が覚めた。何事かと思ってテレビをつけると、近所で通り魔が出たようだ。幸い怪我人はおらず、刃物を持った男は逮捕されたようだ。



2054年10月3日(土)
「佐伯さん、聞こえますかーおはようございます。」
佐伯は、看護師の声が、遠くなってきているのを日に日に感じている。30年前に通り魔に襲われ、一命をとりとめたものの、病院で寝たきり生活になってしまった。会話はできないが、幸い耳は聞こえ、指は動くので、文字盤を使って意思疎通を図っている。もうこのまま衰弱していくのだろう。
「今日はすごいニュースがテレビで紹介されていました。なんでも今日から、過去の自分に手紙を送るサービスというのを郵便局が始めたそうなんです。未来の自分への手紙は、昔からありましたよね。まああれはアナログなシステムですけど、過去の自分に送るなんて、すごいですよね。まだ、試験的な段階で、あと長文を送ると歴史がどうのこうので、個人の問題の無い範囲で、カタカナ五文字までしか送れないらしいんですけど…」
佐伯は文字盤を何度も叩いた。
「佐伯さんどうしたんですか、お、く、り、た、い。いいですよ。佐伯さん最近元気がないから心配していたんです。じゃあ明日の日付になりますけど何年前にしますか。」
佐伯は、3と0を指した。
30年前。若い看護師はそれがちょうど佐伯が入院した時とはもちろん知らない。
「わかりました、五文字ですよ、どうしますか。もちろんすぐに送ってきますよ。」
佐伯は、力をこめて、その五文字を看護師に伝えた。


もしも、「明日大災害が来るから避難しろ!」と誰かが叫んだら、あなたはどうする。(了)

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守田樹|凡庸な日常
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