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昔話 ライター修行 その3

★島倉千代子さんと人生ゲーム②


 島倉さんのマネージャーさんとの打ち合わせでは、ゲームはカタチだけ、という手はずになっていた。女のコたちとゲームに興ずる写真を押さえたら、あとは手早くインタビュー。

 タイトル上は「スターと遊ぶ」になっているとはいえ、分刻みでスケジュールをこなしている島倉さんに、本当に人生ゲームをする時間をねだるのは、とても無理な注文だったのである。

 ところが島倉さんは、ゲームが置いてあるテーブルの前に座るなり、
「これ、一度やってみたかったのよ。お金はいくらずつ配るの? あら駒が車のカタチなのね。あなた(読者の女のコ)は、どの色の車がお好き? 私は、そうね~、ブルーにしようかしら……」
 すっかりゲーム体勢に入ってしまったのだった。そうなったら誰も彼女を止められない。本格的にお金を配り、ルーレットを回してゲーム、スタート。

 ルーレットを勢いよく回しすぎて、なかなか止まらないといっては笑い、女のコが先に進めば悔しがり、と、まさに天真爛漫、無邪気な島倉さん。母親くらいの年齢で、山ほど苦労したとはとても思えないかわいらしさに、さっきの緊張はすっかり吹っ飛んだ。女のコたちも「島倉さんてば、かわい~」と大はしゃぎ。

 誰かが"結婚マス"に止まると
「結婚は慎重にしなくちゃダメ。結婚前に男が優しいのは、あったり前なのよ。それ以外のところをよ~く観察してから、じっくり決めなくちゃ、ね」
 "トラブルマス"に止まって、手形を振り出した女のコには、
「いい? 本物の人生では、手形の裏書き、わけのわからない書類にハンコを押す、なんてこと、絶対やっちゃダメよ。私はそれでどれだけ苦労したかわからないもの。よ~く覚えておいてね」
 と、こちらの狙い通りのコメントを繰り出す島倉さん。次々と起こるハプニングには、含蓄のあるつぶやきも。

「人生は、このゲーム以上にいろいろ。本当に苦しいこともあるけれど、死んだら負け。ゲームオーバーなのよね」
 ノートにギッシリ書いてきた質問項目なんか見る必要もないほど、順調に取材が進んだ。

 なんと2時間以上もかけて、きっちり人生ゲームを終わらせた島倉さん。私たちがとめるのも聞かず、ゲームを女のコといっしょに箱にせっせと片づけながら
「若いころからずっとずっと忙しかったから、今までこういうゲームで遊んだことって、一度もなかったの。今日は本当に楽しかったわ。ありがとう」
 なぜかこのひと言が、私には一番印象的だった。

 編集者が「よかったらどうぞ」と手渡した人生ゲームを大喜びで受け取り、大切そうに抱えて何度もお礼をいってくれた島倉さん。お涙ものの苦労話には、そっぽを向くようなへそまがりの私だが、彼女の明るさや無邪気さが、逆に彼女のこれまでの苦労と人生を物語っているような気がした。

 いまでも、彼女をブラウン管で見かけるたびに「いい人だったなぁ」と人生ゲームの一件を思い出す。「人生いろいろ」以外の曲は知らないし、口に出したこともないけれど、実は私、島倉千代子さんという人間の、ファンです。

[注釈]
島倉千代子さんは、2013年に逝去。享年75歳。たった1度しかお目にかかる機会はなかったが、非常に印象深い方だったのであえて実名のままにしました。とても艶やかで文字通り「スター」のオーラをまとっていた方でした。

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