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昔話 ライター修行外伝 9

ナナ、お供を連れて実家にご帰還①


「あかねさん、ナナ、おうちに帰りたい」
 涙に濡れた長いまつげをパチパチさせながら、訴えるナナ。

「そうだよね。帰った方がいいね」
「でもママ、ナナひとりで行ったら、家に入れてくれないよ」
「ちゃんと謝れば大丈夫だよ」
「ちゃんと謝る! でも、ナナひとりじゃ、うまくママと話せないんだもん。きっとまたケンカになっちゃうよ」
「……………」
「あかねさん、お願い。一緒についてって」
「う、うん」

 あああああああ、とうとう巻き込まれてしまった。明日朝一番に締め切りの原稿や、今晩中に連絡しておかなくてはいけない仕事の電話が頭の中に次々と浮かび上がるが、こうなったら仕方ない。ついに、家出娘の同伴者として、謝りにでかけることになってしまった。

 ナナとは、家に向かう車の中で何度も何度も打ち合わせをした。
「いい? ナナ。おうちを飛び出したナナが悪いんだから、きちんと謝るんだよ。ちゃんと高校にも行きます、卒業するまで夜遊びもしませんって約束しないんなら、私、一緒に謝ってあげないよ」

「うん、わかってるってば。あかねさん、ナナを信用してよ」
 その言葉が終わらないうちに
「あ~なんか、喉乾いちゃった。ワイン、飲みたいなあ。あかねさん、ちょっとお店によらない? この近くにナナが知ってるお店あるんだ。お金なんかいらないよ。タダ、タダ(笑)」
 ときた。やっぱり私が乗り込んだ舟は、泥船だった……。


 絶望的な気分で、ナナのおうちのある豪華マンションの前に到着。17階建てのマンションは、もちろんオートロック式(当時は、めちゃくちゃ珍しかった!)。ちらりと見える地下の駐車場には、高級外車がズラリと並んでいる。

 ナナは、手慣れた様子で、インターフォンの横の部屋番号ボタンを押すと、私をその前にぐいと引き寄せ、自分はすっと後ろに身を引いた。自分で話す気は、さらさらないらしい。 "あとはおまかせっ♪" といった調子で、ロビーで軽いステップを踏むナナの横で、私はまるで、家出した張本人のような気持ちで緊張しまくっていた。

「はい」
「夜分、恐れ入ります。以前にお電話しました森下と申します。今、ナナさんと一緒なんですが」
「……なんのご用でしょうか?」
「ナナさんが、おうちに戻りたいということで、一緒に謝りに来ました」
「はぁ……。でも、ナナは勝手に出ていったんですから」
「ええ、でもとても反省していて、やっぱりおうちで家族と一緒に暮らしたいと……」

 ちっとも反省の様子が見られない本人の横で、苦しい言い訳を続ける自分が、情けなくなってきたころ、とどめに母親のこの一言。

「もう、夜も遅いし。出直していただけません?」
「はぁ?」
 ちょっと待て。たしかに私は "夜分恐れ入ります" と挨拶はしたが、今は夜の9時。おまけに家出した娘に向かって、実の母親が "出直せ?" だって? 

「あ、私はココで失礼しますから。ご挨拶したかっただけで」
「いえ、ですからナナも後日、あらためて……」
 本気だ、この母親。家出して戻ってきた娘に向かって、やんわりと(だがハッキリと)
「帰ってくるな」
 と、言っている……。

 普段、めったにキレない森下だが、その無責任な物の言いように思わず逆上。インターフォンに向かって絶叫した。

「ちょっとまってください! ナナさんはお宅の娘さんですよね。おまけに未成年ですよ。出直せって、いったいどういうことですか!?」
 私の大声に驚いたらしい母親は、あわてて言った。

「ああ、そんな大声をお出しにならないで。マンションの方が、なにごとかと思うじゃないですか。恥ずかしい」
 ナナの言うとおり、この母親は世間体が世界で一番大切らしい。

「あなたの娘のことなんですよ!」
「ええ、ええ、そうでしたね。じゃいいですわ、どうぞお入りください。でも、どうかお静かにね」

 あわてた様子の母親。最後の "お静かに" は、懇願口調だった。インターフォンが切れ、目の前で堅く閉ざされていた、重厚な木製の自動ドアがさーっと開く。まるで地獄への入り口みたいに。(つづく)


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