優しく手を包み込んでくれた人の面影
今朝、ふと蘇った懐かしい感覚。
幼い頃、私の右手に、
誰かが手を添えてくれて、
字を書く練習した日のこと。
大きくて優しい手に
包み込まれる感覚が、
私の右手には、
今もまだほんのかすかに残っている。
あの手は
母だったのかな?
それとも、祖母?
親戚のおばちゃんだったかも?
おぼろげな記憶を辿ってみるけれど
どうしても思い出せない。
思い出せるのは
柔らかくてあたたかい、
女の人の手だったということ。
子どもの頃、私は左利きでした。
お箸も鉛筆も何もかも。
私の母も包丁を持つ時以外は
すべて左が利き手だったので、
これも遺伝なのかな?
(母の遺伝つよつよな私…)
保育園、小学校低学年までは
左利きで過ごしていたけど、
特に何も困ることはなく、
むしろ友だちからは
「左利きかっこいい!」と言われ、
内心「ふふふ」と思っていたし(笑)
学校でも左利きは圧倒的に少なくて、
(1学年60名の中で2〜3名?)
少数派ではあったけれど
それほど気にしていなかったと思う。
そんなある時、父親から
「利き手を右手にするように」
というお達しがあり、
半ば強制的に
利き手を右に変えることに。
“変えた”とひと言で書くのは簡単だけど
7〜8歳の私にとっては
大きな試練と言ってもいいくらい、
苦労した記憶があります。
左の方がスムーズに動くのに。
お箸だって上手に持てるし、
文字もちゃんと書ける。
それなのに何で
右に変えなきゃいけないの?
両親も先々のことを考慮して
右利きへの矯正を考えたんだと
大人になった今なら分かるけれど。
当時はまだ幼すぎて、
理由がよく分からなかった私は
やや困惑。。
でも父親の意見は絶対だからと、
一生懸命、右手を使う練習をして
数ヶ月〜1年ほどで
ようやく右利きになりました。
今朝、思い出したのは、
おそらく、その当時の記憶。
右手でうまく文字が書けなかった時、
チラシの裏面や、
らくがき帳が真っ黒になるまで
字を書く練習をしていたのだけれど、
名字の頭文字の“ま”の字が
どうしてもうまく書けなくて…
最後の“くるん”と輪を作るところが
右手で書くと、
なぜかいつも反転してしまう。。
そんな時、
私の右手を優しく包む手があった。
鉛筆をギュッと
握りしめた私の右手を
そっと包み込みながら、
手を一緒にゆっくりと動かし、
正しい“ま”の字を書かせてくれた。
自分で書くより、
10倍きれいな“ま”の仕上がりに
私はとっても嬉しくなった。
あの手は誰だったんだろう?
もしかすると、
1人じゃないのかもしれない。
それは母だったし、
祖母だったし
親戚のおばちゃんだったし、
7つ上の姉だった可能性もある。
いつも私を見守ってくれていた
優しい人たち。
今朝、ふいに
私の右手を包み込む感覚が蘇った時、
子どもの頃の私は
とても幸せだったんだなぁ…
ということに気づいて
心の中がじんわりとあたたかくなりました。
悲しい記憶は
いくらでも思い出せるけど…
“手を差し伸べてくれる人”
“いつも傍で見守ってくれる人”
そんな人が
一人でもいてくれたということは、
当たり前のようで
当たり前じゃないのかもしれない。
そう思うと
感謝の想いで胸がいっぱいになる。
とてもささやかだけれど
大切なことを思い出すことができた
そんな朝でした。