自分より一歳でも小さい人に掛けたい、毛布のような言葉。
自分より一歳でも若い人には、自分よりも善く、生き延びて欲しい。
そう思うときに、毛布のように掛けたい言葉として、
「小さき者へ」を紹介します。
有島 武郎「小さき者へ」
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■お前たちの伸び伸びて行かなければならぬ霊魂に少しでも大きな傷を残す事を恐れたのだ。
■世の中の人が無頓着だといってそれを恥じてはならない。
それは恥ずべきことじゃない。
私たちはそのありがちの事柄の中からも人生の淋しさに深くぶつかってみることが出来る。
小さなことが小さなことでない。大きなことが大きなことでない。それは心一つだ。人生を生きる以上人生に深入りしないものは災いである。
■同時に私たちは自分の悲しみにばかり浸っていてはならない。
お前たちの母上は亡くなるまで、金銭の累いからは自由だった。U氏は無資産の老母と幼児とを後に残して斃れてしまった。その人たちは私たちの隣りに住んでいたのだ。何んという運命の皮肉だ。
お前たちは母上の死を思い出すと共に、U氏を思い出すことを忘れてはならない。
そしてこの恐ろしい溝を埋める工夫をしなければならない。
■十分人世は淋しい。
私たちは唯そういって澄ましている事が出来るだろうか。
■私はお前たちを愛した。そして永遠に愛する。
■それはお前たちから親としての報酬を受けるためにいうのではない。
お前たちを愛する事を教えてくれたお前たちに私の要求するものは、
ただ私の感謝を受取って貰いたいという事だけだ。
■然し何れの場合にしろ、お前たちの助けなければならないものは私ではない。
お前たちの若々しい力は既に下り坂に向おうとする私などに煩わされていてはならない。
斃れた親を喰くい尽して力を貯える獅子の子のように、力強く勇ましく私を振り捨てて人生に乗り出して行くがいい。
■よく眠れ。
不可思議な時というものの作用にお前たちを打任してよく眠れ。
そうして明日は昨日よりも大きく賢くなって、寝床の中から跳り出して来い。
■私の一生が如何に失敗であろうとも、
又私が如何なる誘惑に打負けようとも、お前たちは私の足跡に不純な何物をも見出し得ないだけの事はする。
きっとする。
■小さき者よ。不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。
恐れない者の前に道は開ける。
有島 武郎「小さき者へ」
https://www.aozora.gr.jp/cards/000025/files/206_20463.html
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