論考:PFIの事後評価について
先日、PFIの事後評価について会計検査院の報告書が公表されました。私の周りではこの報告書の内容についてだいぶ議論が交わされていました。このエントリーでは、PFIの事後評価に関するメモとして、私の考えを書き留めておこうと思います。
会計検査院の報告書
件の報告書は、2021年に会計検査院が公表した『会計検査院法第30条の2の規定に基づく報告書「国が実施するPFI事業について」』という報告書であり、過去に国が実施したPFI事業について、以下5点の課題を指摘しています。
①一部の事業で、選定時期の金利情勢が割引率に十分に反映されておらず、高めに設定されていた結果として、VFMが過剰に算定されていた
②サービス購入型のPFI事業において、PSCとPFI事業のライフサイクルコストについて、競争効果の反映の有無の点で算定条件が一致していない
③サービス購入型のPFI事業において、同種の債務不履行が繰り返し発生しているものがあった
④独立採算型のPFI事業において、SPC等の財務状況が悪化しているものや、公共施設を十分に利用できない状態が継続しているものがあった
⑤2018年度末現在で事業期間が終了していたサービス購入型のPFI事業において、PFI方式により実施することが実際に有利であったかなどに関する事後評価が実施されていない
会計検査院の指摘に対する見解①
この報告書を読んで最初に私が疑問に感じたのは、「サービス購入型のPFI事業において、PSCとPFI事業のライフサイクルコストについて、競争効果の反映の有無の点で算定条件が一致していない」という指摘です。競争効果によって落札価格が低減する可能性があるというのは経済理論上納得できる反面、どの程度低減するのか、この報告書では科学的な根拠は提示されていません。細かいことを言えば競争による価格効果は競争の強さにも依存するため、一概に推し量ることは適切ではありません。また、VFM自体が言わば"架空の数値"であることに対する批判も"架空の数値"に基づいており、この指摘の説得性には疑問が残ります。
会計検査院の指摘に対する見解②
また、この報告書では事後的なVFMの試算が行われており、合わせてこれと同様の事後評価を行うことの必要性が指摘されています。一方、PFIの事後評価に関する内閣府の資料『PFI事業の事後評価等に関する基本的な考え方』を見ると、事後VFMの算定については言及されていません。この点について、PFI推進委員である勤務先の上司に尋ねたところ、「事後VFMの算定は実務的に厳しい」とのことでした。これについては私も同意見で、実際に観察されたVFMと入札前に算定されたVFMを比較することでPFI事業のパフォーマンスを評価するというのは理念として正しいと思われるものの、VFMの変動をどのように計測し、解釈するかは非常に難しい問題と言えます。
事後VFMの算定に関する考察
事業開始前後にVFMが変動する要因として真っ先に考えられるのは、契約書に規定されていない想定外の事象への対応に関するコストです。これはPFI事業の特色である契約の長期性を踏まえると重大な問題である一方、そのコストの発生が「PFI事業だからこそ発生したものなのか」という検証が必要です。そのコストがPFI事業だからこそ発生したものであることが立証できれば、PFIを採用したことによってコストが事後的に増加し、VFMが低下したと結論付けることができます。しかし、この検証には「従来方式による事業とPFI事業の比較」が必要となり、実際には実施されていない従来型事業をどのように想定するかという困難が生じます。そうなると、結局のところ「机上の空論」に頼らざるを得ず、果たして机上の空論に基づく事後評価に意義はあるのか、という点に辿り着きます。
実際には実施されていない事象、すなわち反実仮想を想定した分析手法として差の差分析(Difference In Difference Analysis)などの疑似実験手法がありますが、この手の分析では反実仮想を統計的に定義するためサンプルサイズという問題が付きまといます。つまり、同種の施設をPFIで整備したケースと従来手法で整備したケースを一定数揃えて疑似実験手法を適用する必要があるのです(より細かい論考は拙著「PFI事業の効果検証に向けた因果分析手法の適用に関する一考察」参照)。ここで問題になるのは、日本のPFI事業に関して疑似実験に耐え得るサンプルを集めることができるのか、ということです。特に、事例は見つけられても分析に用いる財務データ等は恐らく収集できない可能性が極めて高いでしょう。この壁をどう乗り越えていくかが今後の研究課題であることは間違いなく、諸外国で行われている事後評価に関する研究をベースにしつつ、まずはその枠組みの適用可能性を探っていく必要がありそうです。
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