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時計職人と小さな願い

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古い町の路地裏に、小さな時計店がありました。店主のトキオは、50年以上もの間、この店で時計を修理してきた職人でした。彼の手にかかれば、どんなに古い時計でも、再び時を刻み始めるのです。

人々は彼のことを「時の魔法使い」と呼んでいました。しかし実際は、魔法などではなく、ただ丁寧に時計と向き合い、根気強く修理を続けることが、彼の唯一の秘訣でした。

ある冬の日、小さな少女が店を訪れました。手には真鍮でできた古い懐中時計。

「おじいちゃんの大切な時計なの」と少女は説明しました。「先月、おじいちゃんが空の星になっちゃって...最後まで直せなかった時計みたい。もう一度動かしたいの」

トキオは時計を受け取り、慎重に調べました。長年の錆と埃。しかし、中には丁寧に手入れされた形跡が残っていました。修理途中で断念したのでしょう。

「おじいちゃんは、いつもこの時計を直しながら、『時は人を待ってくれないけれど、大切な思い出は時を超えて残るんだよ』って言ってたの」

少女の言葉を聞きながら、トキオは黙々と作業を続けました。部品を一つ一つ磨き、油をさし、調整を重ねていきます。夜が更けていきましたが、少女は帰ろうとせず、静かに作業を見守っていました。

深夜を過ぎた頃、カチッという小さな音が響きました。長い沈黙を破るように、時計が再び時を刻み始めたのです。

少女の目に涙が溢れました。しかしそれは悲しみの涙ではなく、喜びの涙でした。時計の中に、おじいちゃんの温もりを感じたのでしょう。

「ありがとうございます!」と満面の笑みで少女は言いました。「おじいちゃんの夢が、やっと叶いました」

トキオは代金を受け取ることを断りました。代わりに一つだけ約束を交わしました。「この時計を大切にして、いつか誰かに、おじいちゃんの言葉を伝えてあげてください」

その後も時計は確かな音を刻み続け、少女は成長して自身も時計職人の道を志すことになりました。時は人を待ちませんが、確かに、大切な思い出は時を超えて受け継がれていくのです。

時計店の前を通るたび、今でも懐中時計のカチカチという音が、優しく人々の心に語りかけているような気がします。それは、失われることのない愛情の音なのかもしれません。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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