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第六回 イノベーションとデザイン(1)   イノベーションとデザインに対する誤解

 今回からは4回にわたって、イノベーションとデザインの関係を見ていく。イノベーションの定義の仕方は様々あるが、ここでは、Rogers(1982)に基づいて、それを「社会に価値をもたらす革新」と定義したい。
 世間では時々、イノベーションを技術革新と定義することがあるが、それは間違いではないものの、本質を捉えているとも言い難い。この定義で特に問題なのは、視野が極端に狭くなることである。我々の社会は、鉄や半導体などの技術だけで成り立っているわけではない。また、社会に驚きや変革をもたらすものは、技術以外にも沢山ある。

https://www.amazon.co.jp/イノベーションの普及-エベレット・ロジャーズ/dp/4798113336

 したがって、本来、インベーションは、何をもってそれを実現しようと、そのプロセスに誰を巻き込もうと自由である。つまり、技術だけに頼らず、デザインによってそれを実現することも可能であるし、科学者やエンジニアのみならず、デザイナーもそこに参加して、その実現に貢献することができる。

 ただ、世間において、デザインやデザイナーとイノベーションが結び付けて論じられるようになるのは、2010年代に入ってからである(秋山・阪井, 2020)。そして、その際によく語られるのが、次の2つのストーリーである。

 1つは、これまでは科学者やエンジニアが強力な牽引役となって、主に技術力で社会に価値をもたらしてきた(あるいは、それが可能な時代であった)。それが限界に近付きつつあるので、デザイナーも巻き込み、デザインの力を活用してイノベーションを起こそう。                

 そして、もう1つは、デザイナーを巻き込むのは、彼らの思考法が昨今の経営環境に合致しているから、というものである。近年では、VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)が増大し、多くの企業が予測困難な経営環境に直面している。そのため、従来の論理思考では太刀打ちすることができず、それとは異なるデザイナーの思考法に期待が寄せられているのである。

 しかし、詳細は次回から見ていくものの、これらのストーリーの前半部分に関しては若干の事実誤認がある。なぜなら、デザイナーは古くから様々な形でイノベーションの実現に関与・貢献してきたからである。したがって、正確には「関与・貢献してこなかった」のではなく、「関与・貢献してきたのに認識されていなかった」、あるいは「彼らを意識的に活用できていなかった」ということになる。それをもっと意識的に、積極的に活用しようというのが、デザイン経営であるといえる。

参考文献                               
秋山ゆかり・阪井和男(2020)「アート思考はブームになったのか:デザイ
 ン思考とアート思考の社会的受容」『次世代研究』No.2,pp.42-55.
森永泰史(2016)『経営学者が書いたデザインマネジメントの教科書』同文
 舘出版。
Rogers, E. (1982) Diffusion of Innovations, Free Press. (青池 慎一・ 宇野 善
 康訳『イノベーション普及学』産能大学出版部,1990)


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