課す役割、管理者の有無、拠点の配置
番外編⑩では、Dunne(2018)を通じて、デザイン思考を用いた組織文化の変革には多様なパターンがあることを見てきたが、ここでは改めて、それらを理論的かつ体系的に整理してみたい。考えなければならない事柄は大きく3つある。1つ目は、デザイン思考の伝道者たちにどのような「役割」を与えるのか。2つ目は、彼らを「誰」に管理させるのか。そして、3つ目は、彼らの活動拠点を地理的に「どこ」に置くのかである。
1.与える役割について
1つ目の選択肢は、デザイン思考の伝道者たちにスタッフ組織のような役割を与え、コンサルタントやアドバイザー、啓蒙活動家として振る舞うことを期待するのか、それともライン組織のような役割を与え、プロジェクトの実行者や実践家として振る舞うことを期待するのかということである。ただ、前回見た4つの事例から窺えるのは、やはりスタッフ組織のような役割だけでは、組織文化の変容には限界があるということである。組織文化のゆるやかな変革を目指す場合は、ATOの事例で見たようにスタッフ的な活動だけでも良いかもしれないが、官僚主義的な文化を壊すには、マインドラボの事例が象徴するように、スタッフ(アドバイザー)からライン(実践者)へと活動範囲を広げていくことが重要になる。実際のプロジェクトに参加して、様々な部署の人々と共同で問題の発見や解決に取り組むことで初めて、デザイン思考のノウハウを伝授することができるからである[注1]。
なお、4つの事例のうち、P&Gだけが、いずれかの役割を選択するのではなく、両方の役割を兼任させていた。教育機関としてデザイン思考の修得者(デザインシンカー)を大量育成すると共に、様々なプロジェクトにデザイン思考の伝道者たちを参加させ、共同問題解決を図ってきたのである。ただし、P&Gでは、本社にデザインシンカーを派遣するよりも、プロジェクトのメンバーをクレイストリートに集めることの方が多いとされている。その理由は、後述するように、クレイストリートの方がリラックスできる環境にあるからである。
2.管理者について
2つ目の選択肢は、特定の管理者を決めて、その指揮命令系統の下でデザイン思考の伝道者たちが組織立った動きをするのか、それとも特定の管理者は決めずに、それぞれの部署の指揮下に入り、各部署の事情に応じてバラバラな動きをすることを容認するのかということである。
なお、ここでの注意点は、配置と権限の問題を混同しないことである。例えば、デザイン思考の伝道者たちを様々な部署に分散配置しても、特定の管理者に権限を集約して彼らを一元管理することは可能である。Dunne(2018)は、デザイン思考を組織の隅々にまで行き渡らせるために、伝道者たちを分散配置することのメリットを説いているが、それだけでは、デザイン思考の伝道者のような新参者の少数派が期待通りの役割を果たすことは難しい。多くの場合、肝心のデザイン思考の伝導はさせてもらえないまま、多忙な現場の手伝いをさせられてしまう。要するに、伝道者の方が既存の組織文化に取り込まれてしまうのである。
実際にP&Gの事例の中でも、(彼らの扱いが各部署任せになっていることで)派遣されたデザインシンカーたちが期待された役割をほとんど果たせていない残念な実態が断片的に描かれている。これは経営学にいう典型的な「分化と統合」の問題である(Lawrence and Lorsch,1967)。ただし、そのように現場任せになっている場合であっても、ATOの事例で見たように、デザインシンカーたちが自発的にネットワークを構築することで課題を克服できる可能性がある。ATOでは、部署を越えてデザイン思考家が定期的に集まり、自らの取り組みや経験を共有することができる実践型のコミュニティが構築されている[注2]。このような工夫があることで、少ないリソースながらも、組織文化の変容に貢献できているのかもしれない。
3.活動拠点の所在について
3つ目の選択肢は、デザイン思考の伝道者たちの活動拠点を設ける場合に、それを社内に置くのか、社外に置くのかということである。前回見た4つのケースのうち、ATOを除く3つのケースでは物理的な活動拠点を設けていたが、メイヨー・クリニック以外はそれを社外に置いていた。経営学では、メイヨー・クリニックのように異なる部署同士を同じ建物内に配置することを「コ・ロケーション」と呼んでおり(Allen,1977)、そうすることで対話の頻度が増え、迅速で円滑なコミュニケーションがとりやすくなるとされている。
その一方で、あまりに接近し過ぎると、今度は相手の組織文化に同化させられてしまうといったデメリットがある。そのため、マインドラボやP&Gのクレイストリートは、既存の組織から一定の物理的な距離をとり、自分たちの異質な文化を守ろうとしている。ただし、それらの活動拠点は社外とは言いつつも、徒歩圏内に置かれているところにポイントがある。過度に離れすぎると、今度はコミュニケーションが疎遠になり、影響力を及ぼせなくなるからである。その意味では、付かず離れずのほどよい距離を保っているといえる。
なお、そもそも独立した活動拠点の整備は、デザイン思考にコミットするという周囲への意思表示になるだけでなく、参加者が好奇の目にさらされることも防ぐため、創造的な仕事がやりやすくなる(北川・比嘉・渡辺,2020)。P&Gのクレイストリート内には緑色のカーペットが敷かれ、参加者が思い付いたことを自由に話せる雰囲気が演出されている[注3]。また、マインドラボの活動拠点はまるでブティックのような作りをしており、非日常的な空間の中で仕事が進められるようになっている。
4.おまけ
以上では、デザイン思考を用いた組織文化の変革手法を簡単に整理したが、新たな組織文化を注入する際には、上記の他にも様々な配慮が必要になる。通常、新しい組織文化は繊細で壊れやすいだけでなく、既存の組織文化を脅かすものとして排除される危険があるからである。そのため、吉岡(小林)(2021)では、余計な対立を招かないための細かな工夫がいくつか記されている。例えば、「デザイン主導」などの特定の部署に優位性があるような言葉使いをしないことや、場合によっては「デザイン」という言葉自体の使用を控えることで、社内のアレルギーを軽減させることなどである。実際にNTTコミュニケーションズでは、「デザイン」という用語を「顧客志向経営」に置き換えて使用している[注4]。また、マツダでは、「デザイン経営」だと経営陣に内容が伝わりにくいため、それを「ブランド価値経営」に置き換えて使用している[注5]。
●参考文献
Allen, T. J. (1977), Managing the flow of technology: Technology transfer and
the dissemination of technological information within the R&D
organization. MIT Press. (中村信夫訳『“技術の流れ”管理法』開発社、1984)
Dunne, D.(2018), Design Thinking at Work :How Innovative Organizations Are
Embracing Design. Rotman-UTP Publishing. (菊地一夫・成田景堯・木下
剛・町田一兵・庄司真人・酒井理訳『デザイン思考の実践:イノベーショ
ンのトリガー それを阻む3つの緊張感』同友館、2018)
Edmondson, A.C. (2011), The Fearless Organization: Creating Phycological
Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth. John Wiley &
Sons, Inc.(野津智子訳『恐れのない組織:心理的安全性が学習・イノベーシ
ョン・成長をもたらす』英治出版、2021)
北川亘太・比嘉夏子・渡辺隆史 (2020)『地道に取り組むイノベーション:人
類学者と制度経済学者が見た現場』ナカニシヤ出版。
Lawrence, J. and P. Lorsch. (1967), Organization and Environment, Division of
Research Graduate School of Business Administration. Harvard University
Press.(吉田博訳『組織の条件適応理論』産業能率短期大学出版部、1977)。
『日経デザイン』「デザイン思考の次 デザイン思考を浸透させるにはデザ
イン思考で」2019年1月号、48-51頁。
Wenger, E. (1998), Communities of Practice. Cambridge University Press.
吉岡(小林)徹(2021)「デザイン思考の効果と限界」『一橋ビジネス・レビュ
ー』2021年春号、152-159頁。
●参考Webページ
「デザインと知財:デザイン経営宣言のその後 #3」『RIETI BBLウェビナー
』(https://www.youtube.com/watch?v=GJWsyC_Nikk)2022年2月21日閲覧