見出し画像

第八回 イノベーションとデザイン(3)   デザイン思考誕生の意義

 前回見たように、デザイナーの働きは見えにくいため、現場にいない経営陣などからはなかなか評価されにくい。さらに、評価されなければ、投資したり積極的に活用したりすることも困難になる。そのため、多くの企業では、デザイナーの積極的活用をお題目に並べながらも、実際はあまり活用できていないという課題に直面している。
 このような見えにくさは、デザイナー自身も薄々気付いているようで、黒田(1996)は、それを「触媒」と表現している。触媒は、化学反応を生起・加速させるが、決して化学反応式に表れることはない(注)。つまり、デザイナーが加わることで、何らかの化学反応が生じるのに、関係者以外にそれが知られることはほとんどないのである。もちろん、ここでいう触媒には、可視化によって、社内に散在する様々な知識を結び付けるなどのポジティブな意味合いも含まれているが、その役割はあくまで黒子である。

注) 例えば、以下に示すように、過酸化水素(2H2O2)に二酸化マンガン(MnO2)を加えると水と酸素が発生するが、触媒である二酸化マンガンは化学反応式には登場しない。 2H2O2 → 2H2O + O2 

 それでは、見えない貢献とは具体的にどのようなものなのであろうか。代表的なものは次の2つである。
 1つ目は、これまで見た触媒としての貢献である。特に、デザイナーは物事を視覚的に表現することができるので、言葉では伝わりにくい新しいサービスや商品のイメージの共有を促し、専門分野や国籍を超えた知識の統合や問題解決を可能にする。
 2つ目は、水先案内人としての貢献である(Bertola and Teixeira,2003)。デザイナーには観察力や直観に秀でた人が多いため、人々が潜在的に抱える問題や日常生活の中に埋め込まれた文脈の変化をとらえることができる。さらに、それらを社内に持ち込んで方向付けを行うなど、水先案内人の役割を果たすこともできる。

 近年、「デザイン思考」(Brown,2019)をはじめ、「デザイン・ドリブン・イノベーション」(Verganti,2009)や「アート思考」(Whitaker,2016)など、論理思考とは異なるタイプの思考法が話題であるが、それらの思考法こそ、これまで見たデザイナーの見えない働き部分を可視化し、形式知化したものであるといえる。
 それらの登場によって、デザイナーの働きが見えるようになっただけでなく、その共有が可能となり、他者と共創するためのツールができた。つまり、デザイナーを直接活用するだけでなく、デザイナー的な思考や手法を皆で共有し、組織全体で活用することも可能になったのである。そして、その実践こそがデザイン経営なのである。その意味で、それらの思考法が生み出され、話題になったことには、大きな意義があるといえる。

参考文献
Bertola, P. and J. C. Teixeira (2003) “Design as a knowledge agent: How
 design as a knowledge process is embedded into organizations to
 foster innovation,” Design Studies, Vol.24, No.2, pp.181-194.
Brown, T. (2019) Change by Design, Revised and Updated: How design  thinking transforms organizations and inspires innovation, Harper Collins  Publishers (千葉敏生訳『デザイン思考が世界を変える アップデート版』
 早川書房, 2019)
黒田宏治(1996)『デザインの産業パフォーマンス』鹿島出版会。
森永泰史(2016)『経営学者が書いたデザインマネジメントの教科書』同文舘
 出版。
Verganti, R. (2009) Design-Driven Innovation: Changing the Rules of  
 Competition by Radically Innovation What Things Mean, Harvard
 Business School Press. (佐藤典司・岩谷昌樹・八重樫文・立命館大学経営学
 部 DML訳『デザイン・ドリブン・イノベーション』同友館,2012).
Whitaker, A. (2016) Art Thinking: How to Carve Out Creative Space in a World  of Schedules, Budgets and Bosses, Harper Collins, NY, USA. (不二淑子訳・
 電通京都ビジネスアクセラレーションセンター編『アートシンキング:
 未知の領域が生まれるビジネス思考術』ハーパーコリンズジャパン,2020)



     




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?