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【ショートショート】#1 終わらない戦争

「大変です!B国が攻めてきました」
A国の防衛大臣が、大統領に連絡を入れた。
「ダムラを明け渡さないと、戦争を開始すると脅してきます。猶予は3時間です。大統領、どうしましょう?」
「われわれA国は平和主義です。いかなる理由においても戦争はできません」
大統領はきっぱりと告げる。
「し、しかし。現に敵は攻撃を開始し、負傷者も出ています。防戦をさせていただきたい」
防衛大臣の願いを大統領は笑って聞き入れない。
「今こそ、アレを使いましょう。そうすれば戦争はおさまります」
「けれど大統領。アレはまだ実験段階です」
「命に問題はないというエビデンスは取得していますよね、それなら問題ありません」
防衛大臣は渋々了承し、部下にアレを使用するように命令した。

B国陸軍の突撃部隊の最前線にいる若者たちは、戦争に乗り気ではない者が多かった。
「戦争なんてナンセンスだ、人を殺して政治を動かそうって腹が気に食わないね」
「いや、大金に釣られて軍に志願した俺らは、そんな国のお偉いさんよりたちが悪い」
若い兵士たちがA国のダムラという地域を小高い丘から見下ろすと、戦車がこちらに向かって走って来るのが見えた。
「隊長に攻撃開始の許可を得よう」
「待て、気が早い。平和主義のA国だ、戦車の準備だけして会話で解決しようとするさ」
若い兵の楽観むなしく、A国の戦車はダムラとB国の国境付近に近づくなり、砲撃を開始した。

B国の若い兵士たちは急な攻撃に身構えたが、砲弾を直撃した者を含め、誰もかすり傷さえしていないことに気がついた。それどころか、しばらく感じていなかった、幼少期のような幸福感と安心感に包まれ、兵士たちは顔を見合わせて笑顔になった。砲弾が2発、3発と打ち込まれるほど、その幸福感はますます強固になった。
B国の兵士たちは、自分たちだけが幸せになってもいけないと、隊長から軍の総監、そして大統領にまで砲弾を受けるよう説得した。最初は半信半疑だった彼らも、現状を目の当たりにし、その異様さに恐れおののくも、砲弾を浴びてしまうと心配ごとや怒り、出世欲や権力なんてどうでもよいほど幸せで心地よく、他には何もいらない気持ちになった。



B国の大統領はA国の大統領に直接会い、今までの愚行の許しを請い、戦争は二度と仕掛けない、隣国同士協力して国民の幸福のために尽力しようと握手した。平和主義のA国大統領は安心した。
「ところで、この砲弾はなんという薬品が入っているんです?こんな幸福感は生まれて初めてです」
「これは我が国自慢の防衛開発チームが開発した“満足薬”です。この薬の粉末一粒でも浴びればたちまち幸福感に包まれ、現状に満足感を得ます。それに人体に影響はありませんので、ご安心を」
A国の大統領はB国の大統領の問いにこう答えるも、「いや、たとえ薬が切れたら死ぬとしても構いません。とても幸せで、気分がいい。そうだ、もしよろしければ、わが国民にも放射してくださいませんか?皆にこの幸福を味わってもらいたい」

在庫に余裕があったので、A国の大統領は許可し、B国の国民全員が幸福感と満足感で満たされた。
先ほどまで喧嘩していた子どもたちも、今では手をつないで遊んでいる。
「ダサいから」という理由で同級生をいじめていた生徒も、今は友だち。
営業成績が悪く、上司からこっぴどく叱られていた社員も、今は上司と一緒に踊っている。
正規も非正規も、男も女も……差別なんてなくなって、みんな幸せ、素敵な国……。
裁判所も検察も警察も、皆寛容になって、犯罪者の動機に涙する。犯罪者にも慈愛の心が芽生え、幸福感に包まれる。

しかし困ったことになったと、A国の大統領は悩みあぐねる。B国では殺人や強盗などの犯罪は無くなったが、代わりに性犯罪が増えてしまった。被害者は最初こそ嫌がるものの、加害者の言い訳に同情し共に快楽に溺れる者が続出し、しまいには、性犯罪は犯罪じゃないという法令まで出た始末だ。
「幸福や寛容のボタンを掛け違えるという副作用が出ていますね」
A国の大統領秘書は、B国の様子をテレビで見てとても気持ち悪がっている。
「ああ。残念だが、わが国では薬の使用は禁じよう」
そして、電話。
「A国大統領?また、わが国に“満足薬”を放射してくれませんかね?」


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