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あの子の日記 「わたしのゆくえ」
この世界が誰かにとって大切な人とそうではない人に二分されているなら、きっと彼女は、多くの場合「どうでもいい」ほうに分類されている。誰からも認識されることはない透明人間だから。
みんな知らない。彼女が、咀嚼しても味がしなくなった吐き捨てる前のガムのように、つまらない人間だということを。進むことも戻ることもできない壊れた時計のように、なにもできない役立たずだということを。
小学5年の彼女はひとより背が高かった。背の順は必ずいちばん後ろ。背中にしょったランドセルは小さく見えた。小柄な友だちを見下ろして会話するのがいやだった。ほんとうは彼女もひとを見上げていたかった。
中学生になった彼女は、セーラー服もどきの制服とプリーツの入った長いスカートを身につけた。小学生のころばかみたいに短かかった体操服のズボンは膝丈になった。あたらしい体操服はきらいじゃないけれど、体育の時間は相変わらずきらいだった。
スポーツテストも、運動会も、マラソン大会も、水泳の授業もきらった。運動場を走れば男の子がにやにやと笑うからだ。「あいつのでけえ」「揺れてる」走る彼女の上半身を見て、彼らがそう言ってひそひそと笑うからだ。
体はひとより大人びているのに、頭はそれに追いつかなかった。物覚えがわるく、鈍感で、とろい。ひとの気持ちを想像することができないし、そもそもそういった概念をもっていない。たくさんの傷を見過ごして、飽きるほどに季節をめぐった。
彼女は、秋になると金木犀の小さな花びらを指先でちぎった。オレンジ色のぷっくりした丸みをぷつんと二分して、片方を道ばたに捨て、もう片方を手のひらに残した。べつの花びらをもう一度ちぎって、捨てて、残す。ちぎって。捨てて。残す。
世界のすべてがどうでもよくなるまで、彼女は何度も、何度も、くり返した。
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