あの子の日記 「となり」
たとえばこの夜が明けたとして、隣にいるきみが「俺たちに朝は来ない」と言ったなら、わたしはきっと朝の定義を見失ってしまうだろう。すでに部屋のなかは青白く淡い光に満たされていて、なんだかもう胸がいっぱいだと言うのに。
「ねえ外が明るい」
「でも朝は来ない」
「太陽はのぼるよ。朝は来る」
「世界はね。俺たちはちがう」
きみが言う「世界」にわたしたちは存在しているはずでしょう、と喉まで出かかった言葉を飲みこむ。彼の言いたいことが分かるようで、分からないようで、分かりたくない。
深い深い海のなかにいるような静寂のなか、スマートフォンのバイブレーションが鳴る。一定のリズムを刻みながら木製テーブルの上をすこしずつ移動し、スマホの3分の1程度が机からはみ出たところで動きが止まった。
「彼女?」
「さあ知らない」
「出なくていいの?」
彼はしろくまのようにのっそりと起き上がり冷蔵庫に向かう。ぷしゅうっ、と缶ビールのプルトップを開ける音が返事の代わりに響く。
「すきだよ、お前のこと。だけどこれは愛じゃない。分かるだろ?不揃いなパズルのピースを使った心のすき間の埋めあわせ。完成しないってこと」
もやもやした気持ちは言葉になると大抵すっきりするものだけど、今回ばかりは聞きたくなかった。病名の分からない発作に苦しめられているほうがマシだ。毎朝毎晩、わたしの知らない誰かにどんな話をしているのか、どんなに甘い時間を過ごしているのか、そんな妄想に押しつぶされながらきみを欲していたかった。
ヴーヴー、ヴーヴー。先ほどより長くバイブレーションが鳴る。とっとと電話に出てしまえばいい。彼女に「おはよう。今なにしてるの?」なんて言われて、「起きたばかりで別に何もしてないよ。早く会いたい」とでも返せばいい。
着信の回数で愛をはかって、その振動でからだが震えるくらいに、ひとりを欲してみたらいい。
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