あの子の日記 「きらり」
今日は星を見なかった。お昼すぎから空を覆いはじめた雨雲は、道路も、家も、近所の公園の小さな砂場も、そこらじゅうがびしょ濡れになるほどの雨を降らせた。知らぬ間に太陽は沈み、月がぼんやりと光っていた。
布団を首もとまで引きあげ、どこまでも白く、おもしろみのない天井を見つめる。天井の白にうっすらと黄色のランプが点滅してみえる。ひかえめな雨音に混じって、車のドアが閉まる低くにぶい音が響いた。
いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち。黄色のランプは点滅をくり返す。にじゅうく、さんじゅう、さんじゅういち、さんじゅうに。話し声は聞こえない。ごじゅうさん、ごじゅうし、ごじゅうご、ごじゅうろく。時計の秒針が一周まわりきらないうちに黄色のランプが赤色に変わった。聞きなじみのないエンジン音がどこか遠くへ消えていく。
画面のはしっこが割れたまましばらく使っているスマートフォンが、メッセージの通知音とともに枕のそばで振動した。あかるい画面には「ただいま」と文字が添えられたへんてこな動物のスタンプが表示されている。返信したのとほとんど同時に、玄関のドアがしずかに開いた。
お酒くさくて、ほんのりと煙草のにおいをまとった蒼くんがふらふらとこちらへやって来る。
「おかえり」
「ただいま。送ってもらった」
「楽しかった?」
蒼くんは目尻にしわを寄せ、返事の代わりにくしゃくしゃの笑顔を見せた。くちびるに付いたきらきらが、玄関のライトを反射してきらめている。
「わたしね、光らないマットなリップが好きなの。ブラウン系の赤とかさ」
きらきらを親指でなぞりながらつづける。
「こういうきらきらしたのは好きじゃないなあ。すこし派手だから。きっと華奢で、かわいくて、積極的な女の子がつけてるんでしょう?わたしにも似合うかな。おしえて」
冷えたくちびるを、蒼くんのくちびるにぎゅうと押しつける。きらきらをすべて取り除けるように、ながく、深く。
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