あの子の日記 「愛しのカール」
日本のどこかの、誰かの1日を切り取った短篇日記集
神秘の大海原で出会った二人から、いのちのバトンを受け取って25年。澄みわたる青空に金木犀が甘く香りづけする秋空の下、新しい命へバトンをつないだ。
実家のなつかしい空気に包まれ、布団の上でこぢんまり眠る小さな娘は、やわらかい髪をくるんと巻いている。どうやら、言うことを聞かないくせっ毛の遺伝子が、また次の世代へ受け継がれてしまったらしい。
父親似のクルクルヘアの扱いは非常にやっかいで、毎朝、頭にトイプードルを乗せているみたいだ。幼いころは、短冊に書く願いごともサンタクロースへのお願いも、決まって全部「サラサラになりたい」だった。
「ねーえー、お父さんー。お母さんってさぁ、髪まっすぐでサラサラだったんでしょー?いいなー」
他人との違いに敏感になってきたある日、そんなふうに父に言ったことがある。死を理解する前に亡くしてしまった母の姿は、まぶたの裏には鮮やかに映らない。
「そうだなあ、いつも綺麗だったよ。自慢のお母さんだぞ。そうだ、お父さんとお母さんの秘密の写真がここにあって...。あれ、どこにやったかな。探しておくから、また今度な」
数少ない家族写真を眺め、笑顔のまま動かない母に会うことは数え切れないほどあったけれど、結局、父が言った秘密の写真を見ることはなかった。
久しぶりの実家で過ごすのも残り数日となり、アパートへ帰るために荷物をまとめていた静かな夜、「おい、ちょっと、今いいか」と父に呼ばれた。
「ずいぶん昔の話なんだけどなぁ、秘密の写真があるって言ったこと覚えてるか?」
「また今度ねとか言ってたやつでしょ?覚えてるよ。一生見せてくれないのかと思ってた」
父が部屋から持ってきていたのはオレンジ色の小さなアルバムで、日記のような付箋と2人の写真が並んでいる。
「2人きりで映ってる写真だけ、自分の部屋にしまっておいたんだ」
「ふぅん。どれもデートの写真だからか。お父さん、そういうところあるよね」
「最初で最後の遠出だったから思い入れがあるんだ。寝る前に眺めてると、ほら、夢の中でまた会える気がするだろう」
中でも気に入っているという1枚には、白壁の町並みと川沿いで枝垂れる柳の木を背景に、私と同い年くらいの2人が小さな橋の上で寄り添って写っている。
「この日は朝から大変だったんだよ。湿気がすごくて髪がまとまらないとか言って機嫌が悪くてさ」
「えっ、これパーマじゃないの?いつも見てたお母さんの写真って、真っすぐでサラサラだったよね?」
「いやいや逆だよ。よく知らないけど、くせを直すために色々がんばってたみたいだぞ」
「そうそう。わが家はね、みんな可愛いくせっ毛なのよ。お父さんも、あなたも、あなたの子も。もちろん、お母さんもね」
どこからか、とおい昔に聞いたことがあるような温かい声が、金木犀の香りをふくんだ風に乗って頬のあたりをやさしく撫でた。