マガジンのカバー画像

春、はなびら

14
運営しているクリエイター

2018年5月の記事一覧

あの子の日記 「とびだせ」

日本のどこかの、誰かの1日を切り取った短篇日記集 心臓の音をアンプにつなげて、大音量で流したら、あの子は気付いてくれるかな。 誰にも聞こえないビートを胸の奥で刻んで、平気なふりして過ごしてる。 「おはよう」って言えたらいいんだけど、教科書の1つくらい忘れたふりをして机をくっつけたらいいんだけど、考えるだけで何もできない。 たくさんの妄想は衛星みたいに僕のまわりをぐるぐる回って、僕は惑星みたいに君のまわりをぐるぐる回る。 テスト明けに席替えをすれば、きっとあの子は別の

あの子の日記 「わかれ道」

日本のどこかの、誰かの1日を切り取った短篇日記集 自転車の光がゆらゆら揺れている。暗い地面を黄色っぽく照らすのは私ときみの2人分。 太陽に別れを告げて、くっついたり離れたりしながらゆっくり前に進んでいく。 目の前を小さく照らすことしかできない私たちには、ずっと先に続く道が薄暗くてよく見えない。 だけど、ときどき街灯が顔を出して一瞬だけ光を与えてくれる。 きみと一緒に帰れるのはあと何回だろう。来年の春になれば、きっと離れた場所でそれぞれの大学生活が始まっている。 本

あの子の日記 「知らない」

日本のどこかの、誰かの1日を切り取った短篇日記集 「ちょっと飲みに行こうよ」なんて、珍しいと思ったんだ。いつもと変わらず可愛らしい笑顔の君だけど、今日はなんだか違うね。 他愛もない会話が一区切りついて、冷たいハイボールを飲み干した後の一瞬に寂しそうな表情が浮かんでいた。 君は飲むペースが上がるにつれ、ゼンマイ切れのおもちゃみたいに話す速度がだんだんと遅くなっていく。お酒が悲しい気持ちを溶かしてくれないことなんて知ってるくせに、今日はたくさん飲んでしまったね。 ふらつき

あの子の日記 「未来行き各駅停車」

日本のどこかの、誰かの1日を切り取った短篇日記集 窓から見える街は、世界を早送りするように僕の後ろへ流れていく。後ろ向きに座りなおして時間を巻き戻せたら、やり直したいことがいっぱいある。 お酒で顔を赤くした僕を乗せる電車が過去に向かって発進する。 ぼやけた目に映るショートヘアの女性。10代の頃に気になっていた女の子に似ている。 日中すれ違う度にちょっかいを出し、家に帰ると既に把握している翌日の時間割を知らないふりしてメールで聞いた。 当時の僕は不器用で素直じゃなかっ

あの子の日記 「夜は夢のなかで」

日本のどこかの、誰かの1日を切り取った短篇日記集 「私のどんなところ好きになっちゃったの?」と聞いておいて、僕の答えを待たずに眠る君。 僕はね、君のそういうところが好きなんだよ。 猫みたいに気まぐれな君は、なんだか落ち着かない。でもそれが君らしくていい。 静かに寝息をたてる君を見ていると愛おしさが溢れてくる。ぎゅっと抱きしめたい気持ちはしまっておいて、そろそろ僕も眠ろう。 おやすみ。

あの子の日記 「あふれる」

日本のどこかの、誰かの1日を切り取った短篇日記集 何もしたくない夜。こんな日には、みんな何をしているんだろう。 別に嫌なことがあったわけじゃないの。ただ私を支える核みたいなものが鉛のように重たくて、なんだか前向きな気持ちを吸い取られてるみたい。 胸のなかに溜め込んだものがいっぱいになるっていうのは、きっとこういうことなんだね。コップになみなみ入っている水みたいに溢れそうで溢れない何かが私の邪魔をしてる。 だから今はすごく温かい言葉に触れたい気分。触れて、優しい気持ちに