定評ある入門書、待望の邦訳――【近刊紹介】『max-plus代数とその応用』
2022年12月上旬発行予定の新刊書籍、『max-plus代数とその応用』のご紹介です。
本書は2005年に発行されたB. Heidergott, G. J. Olsder, J. van der Woude, “Max Plus at Work” の邦訳で、max-plus代数(またはトロピカル代数)とよばれる、不思議な規則で構成された数学の理論とその応用を包括的に解説した、初の和書です。
同書の「訳者序文」を、発行に先駆けて公開します。
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訳者序文
本書は、B. Heidergott, G. J. Olsder, J. van der Woude, Max Plus at Work
(Princeton University Press, 2005)の邦訳版である。
訳者の一人である五島が原著の存在をはじめて知ったのが2006年ごろ、max-plus代数に関する学術論文を投稿・査読中のときであった。原著にはじめて目を通したときの感想は、「あっ、ようやく教科書として使える書籍が登場したな。よかった」であった。それ以前は、max-plus代数を包括的に扱った書籍といえば、F. Baccelli, G. Cohen, G. J. Olsder, J. P. Quatrat, Synchronization and Linearity(Wiley, 1992)ほぼ一択であった。しかしこれは複数の論文の合冊版であり、書き下ろしの教科書ではない。このため分量が膨大、中身の大半もかなり難解で、ゼミや輪講には不向きであった。そのなかで登場したMax Plus at Workには、当初今後の標準的な教科書として期待を寄せたが、max-plus代数という研究分野自体が日本国内でも世界的に見てもマイナーであり、研究者の数も少ないし興味をもつ学生はもっと少なく、訳者は必要な部分だけを原著のまま読んでおしまい、という状況のまま10年程度が経過したように思う。学会・国際会議などでのチュートリアル・セミナー講演や、国内学会誌向けに解説記事なども執筆したが、いずれも単発の活動で終わっていた。訳書を出す価値は十分あるとは思っていたが、基本的に他力本願な訳者は、いつか誰かやってくれるという期待をもちつつも、結局出版されることはなかった。
max-plus代数+システム工学というくくりでは非常に限定的なテーマに思えるが、数学・数理的な道具として捉えると、max-plus代数は代数幾何学の分野ではトロピカル幾何学として扱われ、また応用数学の分野では、超離散化の一部として扱われている。分野ごとに関心の焦点は異なれど、道具としては内容的に共通点が多い。そのためさまざまな分野の研究者、学生に役立つのではないかとの期待を抱き始め、ついにというべきか、ようやくというべきか、2019年初頭ごろに訳書出版の話が持ち上がった。max-plus代数をより多くの方に知っていただきたい、そしてぜひ試しに使ってみていただきたい、その一心で翻訳を行った。
原著は、第I部を中心とした導入部分では数学的内容が主体であり、第II部、第III部は工学的内容が主体である。数学分野が勉学・研究の中心の方であれば、第II部は現実的な応用例の紹介として興味深く読んでいただけるものと思う。一方、工学分野が興味の中心であれば、第I部で数学的な背景と素養をしっかり会得する、という使い分けもできると考えている。原著の出版から15年以上が経過しているが、内容はまったく色あせていない。
数学・工学両分野では、同じ内容を表現するにも「言葉遣い」が異なることも多く、翻訳にあたっては、書籍全体で極力統一をとるか、分野にあわせた日常使いの訳語をつけるか、悩ましいケースも多々あった。訳者間でも意見交換・調整を行いつつ、ベストと思われる訳語を選んだつもりである。部ごとに用語を変えることはせず、全体的にはシステム工学分野で使われる用語をなるべく用い、数学的な概念・内容が多い記述には、数学用語をあてている箇所もある。原著の内容に忠実な翻訳を心掛けつつも、できるだけ日本語として読みやすくなるように注意を払った。全文にわたり訳者どうしで入念に相互チェックを行ったが、訳者の力量不足で、思わぬ誤訳がないとも言い切れない。もし発見された場合は、ご一報いただければ幸いである。
(以下略)
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定評ある入門書“Max Plus at Work”の待望の邦訳!
最大化(max)と足し算(plus)を演算規則とする「max-plus代数」は「トロピカル代数」ともよばれ、数理工学やシステム工学といった工学分野、応用数学や代数幾何学といった数学分野、さらには情報科学や経営学など、さまざま分野で用いられています。本書は、max-plus代数をはじめて学ぶ方や、自身の専門分野に応用してみたい方へ向けて、理論の初歩から具体的な応用事例までていねいに解説しています。
◆本書の構成
第Ⅰ部では、max-plus代数の基本的な理論を解説します。初歩的な計算例を交えながらていねいに進めているので、数学を専攻しない方でも読みこなすことができます。
第Ⅱ部では、現実的な応用例として、オランダの南高速線(HSL)を取り上げます。具体的な問題をモデル化するために必要なペトリネットについても、初学者向けに解説しています。max-plus代数を現実にどのように応用するかを学ぶことができます。
第Ⅲ部では、ランダムなシステムや、最小化(min)を含むシステム、連続的なシステムなど、通常のmax-plus代数では扱えない問題を解析する手法を学ぶことができます。より発展的な解析を行いたい方に役立つ内容になっています。
[原著]Max Plus at Work ― Modeling and Analysis of Synchronized Systems: A Course on Max-Plus Algebra and Its Applications (Princeton University Press, 2006)