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【内容一部公開】新しいスタンダードの誕生――近刊『代数学入門-群・環・体の基礎とガロワ理論-』

2024年1月下旬発行予定の新刊書籍、『代数学入門-群・環・体の基礎とガロワ理論-』のご紹介です。
同書の一部を、発行に先駆けて公開します。




はじめに

本書は早稲田大学基幹理工学部数学科2年の必修講義「代数学序論」で著者が用いてきた教材を増補改訂したものであり、数学科における代数学の「はじめの一歩」を踏み出すための教科書である。

数学科における専門教育の最初の段階は、代数・幾何・解析の別なく二つの使命を帯びている。一方でさまざまな数学を学ぶための基礎となる知識、作法を教えることが要請され、同時に、より「深い」数学への興味を喚起することが求められる。しかし、これらはある種、二律背反するところがある。基礎付けの形式論に終始すれば無味乾燥になり、より深い題材に踏み入ろうとすれば技術的な困難は急激に増大し、多大な時間と労力の投資を学生に求めることになる。

1930年頃にファン・デル・ヴェルデンが『Moderne Algebra』の2巻本を著して以来、いわゆる抽象代数学の教科書が扱う内容はほとんど変わっていない。しかし、その記述のされ方には少なからぬ変転があった。20世紀後半はブルバキに代表される、ある種類の形式主義・還元主義の時代であり、その傾向は1970年代に一つのピークを迎えた。当時の教科書のあるものなどを見ると、学部生向けの教科書であるのに、読み進める中で「わかる者はわかるはず、わからない者は能力か努力のいずれか、あるいは両方が足りない」と、非常に突き放した感じでいわれた気がしてしまうことがある。それは、あながちそう感じる著者の不足だけによるものではあるまい。いまでは理論構成から枝葉末節を徹底的にそぎ落とした、ミニマリズムの教科書は流行らないようであるが、それでも、今日の数学専門教育もいまだにブルバキ的形式主義の影響下にあるといって差し支えないと思う。

数学における形式と論述の洗練というのは、単なる表面上の問題にとどまらず、数学の実質的な発展に寄与するところがあるので侮るべからざるものであるが、こと、数学科における専門教育への入門段階となると、その扱いには注意が必要である。数学者が数学の営みの中で駆使する形式言語は、あまりにも生活の中の言語、あるいは高校までの数学で用いられてきた言語とは隔たりがあるからである。個人差はあるだろうが、少なくとも著者にとっては、非常に純粋なところまで蒸留された数学を初めからいきなり摂取するのは非常に困難なことだと思われる。数学には動機があり、その動機を支える素朴な問題がある。形式化された言語を理解するには、素朴な問題に取り組むためになぜ形式化が必要なのかを考え、理解しなければならない。

近年では、アルティンの『Algebra』をはじめ、素朴な題材から出発して、抽象概念の意味と必要性を説得するような方法で教えようとする教科書が増えてきており、和書でもそのようなものは散見される。それでも、形式主義と素朴な題材のせめぎ合いの中で、だれもが「これが正解」と合意できるような落としどころはないようである。説明が簡略すぎれば、読者に「行間を読む」多大な労苦を強制することになる一方で、たくさんのことが書かれ教科書が分厚くなれば、初学者は当然どこに優先順位の高い情報が記されているか弁別することができないゆえに、網羅的に勉強し分量をこなす負担を強いられることにもなる。抽象代数学の初歩で習得すべきことは、集合と二項演算、準同型写像に基づく代数系の議論の基本的様式であり、これはいつも「ワンパターン」であるから、実はそれほど難しくない。後は、より発展的な話題に進んでいくために必要な知識をどこまで含めるか、講義の中で扱うことができる分量との相談である。本書は網羅的なアプローチからは距離を置き、むしろ話題を精選する方向を目指している。情報化がますます進展し、数学の受容のされ方が急激に変化しつつある今日、本格的な数学の素地となりうる基礎的教育を、素朴な素材、歴史的な素材からの要請を踏まえつつ、簡潔明瞭に行うにはどんな工夫がありうるか。その探求に自らも参加したいとの思いが、すでに代数学の入門教科書があまたある中で、著者があえて屋下に屋を架すがごとき試みをする所以である。

(中略)

■代数学の初歩を学ぶうえでの心得

代数学の初歩を学ぶ際には

(1)定義を覚える。
(2)定理や命題の主張を覚える。
(3)定理や命題の証明を覚える/なるべく多くの例を考え、計算する。

の順で学習すべきであると思う。数学は考える科目であって暗記科目ではない、といわれることも多いが、少なくとも代数学の初歩は暗記科目といって差し支えない。それは、新しい概念が多く現れるためであり、また、現代代数学・抽象代数学には独特の議論には決まった筋目があり、その筋目をすべてひっくるめて暗記してしまうのが早道だからである。実際には、ことさら暗記しようとしなくても、理解できたあかつきには全部自分で再構築できるようになるはずで、逆に、そうならなければ理解できたとはいえないのである。まったく理解することなしに暗記するのは不可能だとすぐにわかるので、結局暗記すると同時に理解する、というようにならざるをえないのだが、それこそが何かを「暗記する」ということの究極の意味ではないかと思う。

■本書の使い方 

本書は、学部数学科の専門教育の最初の段階を講じる際の教科書として使用されることを想定している。著者は勤務先の大学では大学2年次の通年講義で、第1章(1.12節まで)を春学期、第2章および3.1節を秋学期に扱っている。例外もあるが、基本的に一つの節が1回90分の講義でカバーできる分量に設定してある。新しい概念や定理の意味も丁寧に説明するよう心がけたので、独習用としても役立つはずである。また、ほぼすべての演習問題の略解を巻末に含めている。

なお、節名などに*が付いている部分は、代数学の最初歩の範囲を逸脱する「次の」内容であることを示すので、初学の際は読み飛ばしてもまったく差し支えない。実のところ、そのほとんどはガロワ理論と関連する部分である。本書にこれらの内容を含めたのは、歴史的に見ればガロワ理論こそが群論をはじめとする抽象代数学の誕生を促したからであり、また現代の代数学の中で体の理論が占める重要性のためでもある。ガロワ理論以外の代数学の「次の」話題として何があるかについては巻末で簡単に触れる。

■予備知識 

本書では、大学初年次で学習する程度の線形代数と、集合と写像についてのごく基本的な知識を仮定する:集合とは、数学で扱う対象の範囲を定めたモノの集まりであり、自然数全体の集合N、整数全体の集合Z、有理数全体の集合Q、実数全体の集合R、複素数全体の集合Cなどはその初歩的な例である。集合$${S}$$に属するモノ(数、ベクトル、行列、…)$${s}$$を$${S}$$の(または要素)とよび、$${s∈S}$$で表す。また、集合$${S}$$の元の個数を$${\#(S)}$$で表す。集合$${S}$$、$${T}$$の間の写像$${f:S→T}$$とは、集合$${S}$$の元$${s}$$に対して$${T}$$の元$${f(s)}$$をただ一つ定める対応のことである。写像$${f:S→T}$$が単射であるとは、$${s₁}$$、$${s₂∈S}$$に対して$${f(s₁)=f(s₂)}$$が成立するとき必ず$${s₁=s₂}$$となることである。写像$${f:S→T}$$が全射であるとは、任意の元$${t∈T}$$に対して$${t=f(s)}$$を満たすような$${s∈S}$$が存在することである。


早稲田大学 永井 保成(著)

【目次】
第1章 群

 1.1 二項演算と結合法則
 1.2 群と準同型写像
 1.3 部分群
 1.4 直交変換の群(1)
 1.5 直交変換の群(2)
 1.6 対称群
 1.7 群の作用
 1.8 軌道分解・共役類分解・類等式
 1.9 剰余群と準同型定理
 1.10 直積
 1.11 交換子群と可解群
 1.12 単純群
 1.13 交代群の単純性*
 1.14 シローの定理*

第2章 環と加群
 2.1 環
 2.2 零因子・単元・体、準同型写像
 2.3 イデアルと剰余環
 2.4 素イデアルと極大イデアル
 2.5 商体・分数環・局所化
 2.6 単項イデアル整域
 2.7 素元分解
 2.8 加群
 2.9 単因子論
 2.10 ネーター環

第3章 体
 3.1 体の拡大
 3.2 体の埋め込みとその拡張*
 3.3 分解体*
 3.4 拡大の分離性*
 3.5 ガロワ理論*
 3.6 方程式論への応用*

付録A 代数学とツォルンの補題
 A.1 順序集合とツォルンの補題
 A.2 極大イデアルの存在
 A.3 代数閉包の存在

演習問題略解
文献案内——あとがきにかえて
索引

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