【近刊紹介】『ロボットはもっと賢くなれるか』(小林祐一)
2020年2月末に発行予定、『ロボットはもっと賢くなれるか:哲学・身体性・システム論から学ぶ柔軟なロボット知能の設計』(小林祐一 著)のご紹介です。
「人のように、変化の多い環境や想定外の状況に、臨機応変に対応できるロボットが作れたら…」
ロボットエンジニア・研究者なら、一度はこう思ったことがあるでしょう。
囲碁や将棋でプロ棋士を負かす知能をもったロボット、人間の動作をそっくりまねるロボットをはじめ、人間と同じ(もしくは人間を超える)能力をもったロボットは、すでに数多く登場しています。
ですが、これまでのアプローチを続けていけば、「人間のように自分で考えて動くロボット」は実現するのでしょうか? また、仮に難しいとしたらその理由はいったい何で、それに対して過去にどのようなアプローチがあったのか、また今後あり得るのでしょうか?
本書では、知能ロボットをとりまく状況を整理しつつ、「知能とは何か」「認識するとはどのようなことか」という論点まで立ち戻り、哲学・心理学・システム論からの知見を紹介。これらの知見を活かした最新の研究事例を解説し、今後のロボット開発の一つの方向性を示します。
発行に先駆けて、まえがきの一部を先行公開します。
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『ロボットはもっと賢くなれるか』まえがき(一部抜粋)
著:小林祐一
近年、人工知能やそれを搭載したロボット技術の進歩を目にする機会が増えている。その例は、人とコミュニケーションをとるロボットに限らず、自動運転技術、各種ロボットコンテストや産業現場で作業するロボットなど、枚挙にいとまがない。人の作業を代替し、場合によっては人をしのぐ能力をもつものの例も聞かれる。しかし実際のところ、部屋の散らかった物を片付けてくれるロボットは、いつ実現するのだろうか? それはもう実現しそうなのか、それともまだまだ難しいのか? 難しいとしたらその理由は何で、それに対してどのようなアプローチが過去にあったのか、また今後あり得るのだろうか?
このような疑問については、通常のロボット工学の教科書を読んでもあまり答えは得られない。また、領域を広げて人工知能・脳神経科学・心理学・哲学に関わる書籍に頼ろうとしても、やはり答えを得るのは簡単ではない。なぜなら、そうした書籍では、「作業するロボット」とは直接関係のない問題を含んだ話題も多く提供されるし、それぞれの分野の目指す方向は必ずしも上記の疑問とぴったり合うとは限らないからだ。たとえば、人工知能の話題は、ロボットが物理的に動く「作業」としての側面よりも、情報検索や将棋・囲碁のゲームのような情報処理能力にフォーカスすることが多い。脳神経科学や哲学は、人の脳を神経科学的もしくは抽象的に理解することに主眼がおかれることが多く、必ずしもロボットの動作の実現可能性を問題にするわけではない。
本書は、「ロボットが家庭のような変化の多い環境で仕事ができる」、より端的に言えば「想定外の状況や動きに対してより強くなる」という意味で人に近い柔軟な知能をもたせるために何が必要か、という疑問に対するヒントを提供することを目標としている。まずはじめに、人工知能研究に対してこれまでに提示されてきた疑問や問題点にどのようなものがあったか、そしてそれに対してどのような提案がなされてきたか、を紹介する。次に、知能ロボットの背後にある「知能とは何か」「認識するとはどのようなことか」という問題を考え直すため、ロボット知能に関係する哲学・心理学・システム論などの知見を紹介する。それらの知見はロボットの知能を構築するためにどのように役立ち得るかを考える。その後、現在ある有用な道具や有望な考え方を整理し、今後のロボット知能を構築するための方向性について議論する。
本書が想定する読者は、主にロボットおよびその周辺分野の技術者・研究者である。高校・大学初等レベルの数学・物理の知識をもつ人を想定するが、数学や物理の詳細には立ち入らず、人工知能・ロボットに漠然とした興味をもっている人でも読めるようにした(数式が煩わしい人のために、近くにある図のキャプションを読んでイメージがつかんでもらえるようにした)。「ロボットが変化の多い環境ではたらけるか?」という問題は、それ自体は非常に工学的な問題であるが、実はロボット工学そのものよりも、むしろその周辺の知識や考え方が重要な意味をもって関わる。本書では、そのような周辺の話題を、それらの周辺領域のことに必ずしも造詣が深くない人(たとえば、ロボットに少し興味のあるくらいの普通の理系の学生)にとっても理解できるように説明することを試みる。
「知能とは何か」「哲学的に考えるとどうなるか」などという話題は、当のロボット研究者からは、「わかる人にしかわからない」「余計な混乱ばかりを招いて結局何の役にも立たない」と評価されることもしばしばあった。そのようなことにならないために、本書ではすべての話題を「結局その話はロボットの知能にとってはどのようなヒントを提供し得るか」という観点から説明し、それ以外の問題には足を踏み入れない。言い換えると、ロボット知能と関連する話題であっても、ロボット知能の工学的な問題に還元できない(と考えられる)問題は本書では議論しない。たとえば、「ロボットは意識をもつか、あるいは今後もち得るか」という問題は本書では扱わない。また、ロボットを作りながら人間(の脳)を理解することを目指す、つまりロボットを人間理解のための道具と位置づけることも可能であり、非常に挑戦的で意義深い研究領域である(構成論的アプローチとよばれる)。しかし本書では、「柔軟に考えられるロボットを実現したい」という方向性と「人や生物の認知・動作原理を知りたい」という方向性の境界があいまいになって議論の目的がわかりにくくなることを避けるため、構成論的アプローチの話はしない。
読者に断っておかなくてはならないことは、筆者は哲学の専門家ではないため、哲学の議論を網羅的に理解しているわけではなく、その評価を行うこともできないということである。ロボット工学の視点から「切り取れる一部分」を持ち寄っているだけであり、その切り取り方も一意ではない。「ロボットの知能を考えるために、このような解釈の仕方があり得る」という一つの可能性を示していると考えてほしい。なので、それぞれの思想がその専門分野ではまったく違う評価を受ける可能性もあることには注意されたい。より正確に、本格的に哲学を学びたい読者には、専門家の文献にあたってもらうことを勧める。本文中で参照する文献などを手がかりに、知識を広げてもらえれば幸いである。
また一方で、本書で提起する考え方は、ロボット研究における位置づけとしては、必ずしも主流ではない(多くの人がこのようなロボット研究を行うことが最も有効と信じているわけではない)点にも注意されたい。また、筆者自身もロボット研究がこのような思想のもとでの研究活動にすべてシフトするべきだとも思わない。「色々な状況に対応できる」という漠然とした絵空事にとらわれるより、より具体的ではっきりした目標のもとで役に立つ方法を追求する必要がある場面が多々あることも間違いないからだ。さまざまな技術や方法論にそれぞれの到達点があり得るように、本書で議論される内容が、知能ロボット研究の一つの立場・考え方として認知されることにつながれば、ロボット研究が多様性を保ちながら発展していくための一助になり得るのではないかと期待している。その意味では、「知能ロボットはもうこのレベルまで来ているのか」と感心してもらうというより、「まだこんな着眼点や研究があり得るのか」と発想が膨らむように読者に感じてもらえれば、幸いに思う。
出典:『ロボットはもっと賢くなれるか』
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『ロボットはもっと賢くなれるか:哲学・身体性・システム論から学ぶ柔軟なロボット知能の設計』小林祐一著
【目次】
第1章 自律ロボットの何が難しいのか?
1.1 人工知能とロボットの広がる可能性
1.2 人工知能とロボットの研究の過去と現在
第2章 自律ロボットを賢くする/賢さを問い直す試み
2.1 反射型のロボットアーキテクチャ
2.2 人工生命と遺伝的アルゴリズム
2.3 強化学習
2.4 ニューラルネットワーク
2.5 強化学習とニューラルネットワーク
2.6 確率ロボティクス
2.7 強化学習アプローチの問題点
第3章 人の知能から得られるロボット知能に関するヒント
3.1 そもそも人からヒントを得られるか?
3.2 哲学における認識論とロボット知能の関係
3.3 ショーペンハウアーの哲学とロボットにとっての「知能」と「意味」
3.4 現象学・生態心理学:カント以降の認識論
3.5 生命システム論とロボット知能
3.6 まとめ:哲学からロボット工学が学べるもの
第4章 ロボット知能のための数理とアルゴリズム
4.1 ロボット工学で用いられている道具とその「還元」
4.2 検証原理との関連:制御できるもの・制御のループ
4.3 一般化された表現における制御
4.4 局所相互作用という視点:自律分散システムと多様体
第5章 ロボット知能に柔軟性を生み出すための試み
5.1 物体のアフォーダンスを獲得する
5.2 身体発見と座標変換
5.3 座標系の関係をベースにした身体構造の獲得
5.4 身体図式を制御可能なチェーンとして獲得する
5.5 視覚と距離知覚の相互浸透
5.6 依存ネットワークにもとづいた制御則の自動生成
5.7 信頼できる情報を従来の枠組みに取り込む
第6章 ロボットはもっと賢くなれるか?――ロボット工学への着地点
6.1 各章のまとめと全体の総括
6.2 ボトムアップ志向型ロボティクスの課題と方向性について
【著者略歴】
小林祐一(こばやし・ゆういち)
静岡大学工学部機械工学科准教授。理化学研究所バイオ・ミメティックコントロール研究センター、東京農工大学などを経て現職。研究テーマは、ロボットの動作生成・学習、無人車両の自律制御、画像処理による物体計測など。