下山事件にみる歴史のねじ曲げ方 プロローグ13
捜査はGHQにつぶされたのか
前回は「NHKスペシャル未解決事件File.10下山事件」に登場するRなる人物が、布施健検事より先にGHQ側に対し「下山事件はソ連の仕業」の供述をしていたことなどを書きました。
これまで書いてきたように、GHQは下山事件を巡るRの供述について東京地検の説明を受け、事態を正確に把握していました。GHQと検察の間に密接な連絡があったことがうかがえます。
というか、日本は占領されていたので、検察はGHQに報告義務があったのだと思います。
さらに、GHQの誰かが布施検事に対し、Rの「過去の記録」について警告していたらしいことも分かりました。「信用できないやつだ」という警告と考えられます。
「米側に筒抜け」って何?
ここでNHKの描き方を見てみます。
「Rの捜査内容が アメリカ側に筒抜けだったことも今回明らかになった」
そんなアナウンス。
筒抜けって? 「報告していたんだから知っていて当然ではないのか」。そんな感想しか浮かびません。
さらに、GHQ参謀第2部(G2)からヨシハシという人物が東京地検にやって来て、捜査を打ち切るよう布施検事へ圧力を掛けたように描いていきます。
准尉が圧力?
ヨシハシというのは前回取り上げた「機密文書」に書いてあったCIC(対敵諜報部隊)の吉橋准尉のことです。番組では「参謀第2部(G2)部長の側近」と説明がありました。
この吉橋准尉が、ドラマではこんなセリフを発しました。
「佐世保(長崎県の針尾収容所)に収監されているRという男ですが、彼に関する捜査は打ち切っていただきたい。Rは厄介な男でね、うそばかりつく。我々も彼のうそにさんざん振り回されてきたんですよ。これ以上は混乱を招く」
吉橋准尉が「部長の側近」ほどの人物なら、確かに捜査を止める圧力のようにも聞こえます。
この吉橋氏の肩書きですが、准尉でも「チーフ」という単語が前に付いているので上席准尉になるのだとは思います。それでも、士官と下士官の間の微妙な地位であるのは間違いありません。G2部長は将官(この頃は准将)です。側近と言うには階級の釣り合いが取れないような印象が残ります。
実は説明要員だった准尉
さらに、このセリフの基となったと思われる記録が「機密文書」の中にありました。驚くほど印象が違います。
「Rが情報を捏造して売ることで生計を立てている人物に過ぎないことを布施に納得させるために吉橋准尉が呼ばれた」
吉橋准尉は既に書いた通り、布施検事より先にRの「ソ連の仕業」という供述を聞いていました。
検察が報告に行ったのは民政局(GS)になりますから、「呼ばれた」は「説明要員としてG2傘下のCICから民政局に呼ばれた」という意味でしょう。
検察も納得して捜査終結
「機密文書」には続けて、吉橋准尉が検察側に説明したことも書いてあります。
「吉橋はRの話が巧妙で一時的にだまされたことを認めたが、裏付けをした結果、Rには彼が主張するような(ソ連大使館などとの)コネクションはないと確信した」
そして「機密文書」は、こう結んでいます。
「堀検事正と布施検事はどちらも納得したようで、Rの強制送還をこれ以上遅らせることは要求しないと言った」
これと同じ文書の中で書かれていたのが、前回に取り上げた次の文章です
「布施は前もってRの過去の記録について警告を受けていたが、それでもRが話した内容の中には調べる価値があるものもあると感じていたようだ。堀検事正はたとえ話が事実でなかったとしても、さらなる捜査で完全にでっち上げであることがはっきりしない限り、やめるわけにはいかないと考えていた」
書かれていた場所は「Rが吉橋准尉に恩返しするために話をでっち上げた」の次で、吉橋准尉が民政局に呼ばれた場面の前になります。
分かりやすく整理すると、こういう意味の文書になるかと思います。
「Rが捏造したネタをGHQ側に持ち込んでいたことが発覚し、GHQは布施検事に『Rは信用ならないやつだ』と注意した。しかし、検察側としては完全にシロにできない以上、途中で調べをやめるわけにはいかないと考えていた。だから吉橋准尉がその辺の事情を説明するために民政局に呼ばれた」
もしかしたら、「やめるわけにはいかない」は「捜査」のことではなく、「強制送還延長の要請」のことかもしれません。あるいは両方の意味が込められているとも考えられます。
手の上の孫悟空のような描き方
いずれにせよ、布施検事に警告をしていたのはGHQ側であることは間違いありません。
この一連の文書の一部を切り取ってNHKは「布施は詳細な供述の中には捜査価値のある情報も含まれていると見ているようだ。それが全くのでっち上げであることが明らかになるまで、彼はRのストーリーを追い続けるだろう」と訳していたのです。
まるで日本の検察が米国の手のひらの上で踊る孫悟空のように描かれていると私は感じます。意図的な和訳でもあるような気がします。皆様はどうお感じでしょうか。
検察としては、GHQも自分たちと同様にRの話に信ぴょう性がないと判断していたことを知り、Rの捜査終結を早めたということだと思います。
世の中には、GHQ内部でG2とGSが全く相いれない仲だったように描く人も居て、それが下山事件の捜査が不透明になった原因のように説明されることもあるようですが、内部文書を見る限り双方の連絡はしっかりあったように思えます。
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(プロローグ14につづく)