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下山事件にみる歴史のねじ曲げ方 プロローグ10
盗まれた調書の「謎」
今回は「NHKスペシャル未解決事件File.10下山事件」に登場したRという人物の調書が盗まれた「ミステリー」についてです。
(前回はこちら)
存在するはずのない調書?
布施健検事が小倉で巻いたRの調書は、帰りの列車が東京駅に着いた時には鞄ごと消えていました。
布施検事はサンケイの取材に「仕方なく本人が強制送還になる前に(小倉から移管された)針尾(長崎県。強制送還される人の収容所があった)まで行って調書を取り直した」と話し、米側の覚書に添付されていた調書を記者から見せられると、こう述べます。
「この供述内容は(最初より詳しいので)2度目に出かけた時のものだと思う。すると、(調書の最後に署名されている)事務官は板垣正己君ではない。だいいち板垣君の取った調書は(盗まれたので米国などには)存在しないと思う」
板垣事務官も同様に「存在しないはずだ」とサンケイに話しています。本当にそうなら、まさに「ミステリー」です。
送還を延期して聴取
GHQの覚書に書かれた事実を振り返ってみます。
最初にRから東京地検に手紙が届いたのが1949(昭和24)年8月20日ごろ。すぐに「信頼できない」と見切りが付けられましたが、翌50年2月に小倉刑務所長を通してRから再度の接触がありました。
「下山事件はソ連の仕業」という調書を小倉で巻いたのが3月6日。東京地検がGHQに報告したのが17日。GHQの覚書も同日中に記され、覚書には調書が添付されていました。
ということは、17日までに布施検事は2度目の調書を巻いており、GHQに提出もしていたということになりそうです。
そして、翌18日付でGHQ民政局長から参謀第1部(G1)のトップに宛てたと見られる次のような文書が残っています。
「3月21日に韓国へ強制送還が予定されているRを、現在日本政府が行っている犯罪捜査の取り調べのため日本国内に拘置するよう、東京地検次席から要請があった。この問題は同政府にとって非常に重要であると考えられるため、検察官の要望をかなえる措置を講じるよう要請する」
GHQの文書からうかがわれるのは、調書が盗まれ、同様の内容の調書を取り直してみたものの、さらなる取り調べが必要となって東京地検は17日、Rの強制送還を延期するようGHQに要請したということです。
(覚書に添付された)調書は、この要請をするために提出したと想像できるのです。
サンケイの取材に対し、布施検事、板垣事務官とも「記憶がはっきりしない」ということで一致していました。
ここは事態が進行中だった当時の覚書の方を信じるのが真実に近いかもしれません。
1回目の調書は盗まれてしまったのですから、GHQに提出したものは、盗難調書の代わりに巻いた調書としか考えられません。
GHQの覚書には「(添付調書の)供述は小倉刑務所において布施検事および板垣事務官に対してなされたものである」と書いてあります。
添付調書には板垣事務官の署名がありますので、やっぱり針尾ではなく小倉に戻って再度取り直した(2度目の)調書であることは間違いないと思います。
前回に取り上げた「オリジナルコピー」は、覚書に添付された調書のことでした。そうすると、盗まれた調書を米国が持っていたという解釈は成り立たなくなります。
ミステリーでも何でもなくなるということです。
添付調書の日付「6日」は、小倉で最初に取り調べた時のものか、盗まれた後に2度目の取り調べをした時のものかを確定する資料は手元にありません。
想像するに、6日の調書が盗まれ、ほぼ同じ内容の調書を巻いて当初と同じ6日付でRに署名をさせたのだと思います。
布施検事の勘違いか
NHKが放映したRの供述内容は、添付調書(2度目の調書)より少しだけ詳しいようです。画面に調書も映りましたが、添付調書よりページ数も多いように見えます。これが前々回に触れた3月30日の調書(つまり強制送還を延期して取った調書)なのだと思います。
30日の調書は3度目のものということになります。布施検事の頭の中には「2度目」が残っておらず、3度目を2度目と勘違いしたのではないでしょうか。
「最初の調書より後で巻いた調書の方が詳しい」という意味で、布施検事の記憶も半分は当たっていることになります。
29年余りの時間は人の記憶を薄れさせるには十分長いということかもしれません。
鞄の盗難は珍しくない時代
調書が盗まれた、というと不可解な印象が残りますが、盗まれたのは調書の入った「鞄」です。終戦直後の混乱期、列車の網棚から鞄が盗まれることは、さほど珍しくなかったと思います。
サンケイは、調書の内容でも「ミステリー」を展開していますが、後日に触れることと重なりますので、ここでは省きます。
Rについて布施検事は、最初の接触の時点で「信頼できない」と判断しました。最終的にどうなったのか。次回は、東京地検がRをどう評価していたのか書いてみます。
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(プロローグ11につづく)