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【連載0】まえがき──いま学ぶべきはAIではなく狩猟採集民である

──狩猟採集民の本ばかり読んだおじさんに芽生えた思想 #0
このブログは、本にする体(てい)で、狩猟採集民を中心にした自由なエッセイを書いていきます。週に2回ペースで、1回4000字程度のつもり。今回は、本でいえば「まえがき」にあたります。したがってやや短めです。


◎かつては100%の人間が狩猟採集民だった

透明な水溶液に別の液体を垂らすと一瞬で色が変わる化学の実験があります。同じようなことが頭のなかでも起きるのだと、私は狩猟採集民の本を読んで知ったのです。バラバラに散らばっていたピースが合わさって一枚の絵になり、ぼんやり考えていたことに背骨ができました。世の中を見る目の解像度も確実にアップしたのでした。

狩猟採集民とは、アフリカ、南米アマゾン、オセアニア、北極圏など、地球上に点在する人びとです。彼らは文字どおり、狩猟と採集で暮らす人たちです。最大150人くらいの血縁的集団で暮らし、一般的に、旧石器時代の伝統的な生活をつづけているといわれています。もっとも、デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ『万物の黎明』は、そうした見方に疑義を呈し、現代の狩猟採集民を記録した民族誌を「「人類の遠い過去を知る窓」とみなしてはならない。かれらもやはり私たちとおなじように、この現代世界を生きているのだ」(137ページ)と書きます。

現在の狩猟採集民の人口には諸説ありますが、尾本惠一『ヒトと文明』に紹介された1999年のリチャード・リーの推計を合算すると71万人で、2015年当時の世界人口に占める割合は0.01%なんだそうです。20年経って、それより多くなってはいないでしょうし、地球の人口はふくれあがっているので、ますます比率は低くなっているばすです。

そもそも、狩猟採集民はどんなイメージですか?

マンガや小説や映画の冒険譚では、鬱蒼としたジャングルの奥地に住む未開の人たちは迷い込んだ白人や日本人を見つけたらすぐに繩でくくって火あぶりにしようとし、火の周りをウホウホ踊りまわりました。怖い怖い。頭が悪いので、結局、白人が勝つんですけど。

未開社会・先住民といえば、遊牧民や農耕民も含まれますが、温暖な地方の現代の狩猟採集民に限定すれば、凶暴ではないようです。彼らには戦争がなく、理由もなく他者を攻撃したりしません。われわれよりよほど賢そうです。彼らは平等で、ふつう階級もありません。狩猟や採集でその暮らしができています。追い追い書きますが、病院も抗生物質もないのに、彼らはおおむね健康で、癌・心臓病・脳卒中がほとんど見られないそうです。外から持ちこまれなければ、新型コロナのような人獣共通感染症もありません。死亡率の高い乳幼児の期間を乗り切れば、それなりに長生きします。現在の狩猟採集民は、ほとんど文明人と接触していて影響を受けていますが、彼らを支配しようとする文明社会に抵抗して伝統的な生活を続けているのです。

疑り深い私は驚き、反証を求めるべく狩猟採集民を調べましたが、すぐに返り討ちに遭いました。私は彼らに学ぶようになったのです。

ホモ・サピエンスになってから少なくとも20万年。ヒトの脳が最大化したのは7万年前だそうです。定住をし、農耕をはじめた約1万年前なんて、つい最近です。数百年前に起きた産業革命などでわれわれの暮らしは激変しましたが、その程度の短期間で人間の身体は生活の変化に適応できないという話もあります。そうであるなら、どんな社会・暮らしが真に人間的か、狩猟採集民を鏡にして見つめなおすこともできそうです。

実際、私はだんだん生活や考え方が変化しました。

◎内なる常識を疑う

構造主義という思考法があります。叱られるほど簡単に説明すれば、当たり前とされている概念にまったく違う概念を対置することで隠されていた構造を明らかにしたり、絶対視されている価値観を相対化する考え方です。海外旅行して日本社会の特殊性に気づくようなものです。構造主義の祖である人類学者レヴィ=ストロースは、地球の裏側に暮らす未開人を観察することで、西洋中心主義にカウンターを浴びせました。

あなたは「汗水垂らして努力すれば幸せになれる」とか「子どもは学校でがんばって勉強しなきゃいけない」といったことを本気で疑ったことがありますか。たいていの人は、生まれ育った社会の常識を疑問視することはありません。大人や学校やメディアに刷りこまれ、知らず知らず内面化してきた価値観をかたくなに信じているのです。

かくいう私だって半世紀も社会の常識にとらわれて生きてきました。ところが、狩猟採集民の生活を読んでいくと、自分の内なる常識がたくさん壊れていくんです。ぼんやりしていたおっさんに思想が芽生え、視界が開けました。狩猟採集民を知るにつれ、過去に読んだ哲学書や知らない分野の学問にも、近づけた気がします。狩猟採集民は貨幣経済を知りませんから資本主義も疑問視することになりました。

◎狩猟採集民の知恵袋

DXだのAIだのChatなんとかだのという言葉が連日のように飛び交っています。はっきり書きましょう。そんなポッと出のものが世の中をよくしてくれるだなんて私は期待していません。

よく、「おばあちゃんの知恵袋」なんていいますよね。経験にもとづく先輩のアドバイスはありがたいものです。ならば、「狩猟採集民の知恵袋」に頼ってみたらどうでしょうか。むろん「今日からまた半裸になって槍をもって狩りに行こうぜ」なんていいたいわけではありません。狩猟採集社会の培ってきたノウハウを現代社会に採り入れてみよう、と提案したいのです。

私は文化人類学者ではありません。ふだんは装丁や編集をしています。

フィールドワークをしてない人類学者は安楽椅子人類学者(アームチェア・アンソロポジスト)と揶揄されるそうです。推理小説の安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)は褒め言葉なのにね。私は安楽椅子人類学者以下の、安楽椅子に座った人類学ファンでしかありません。

ああ、素人か……おっと、ここで読むのをやめないで。

ファンだって、先人が書いた民族誌を読んで、専門家が語らない、自由で無邪気な感想を書く資格があるはずです。そうでなければ、われわれに向けて民族誌を残してくれた人に失礼ではありませんか。私は、単に狩猟採集民を紹介したいのではないんです。彼らは、いろんな新しい考えを生みだす触媒にすぎません。当ブログでは、私の頭にむくむくと湧きあがった、現代日本の政治状況、差別、行きすぎた資本主義、アナキズム、奴隷根性、ミニマリズム、学校教育、暮らし方など、いろんなことを考察することになります。

人類学者はじめ多くの著述家の仕事に依拠します。少し海外の文献に触れることもありますが、基本的に日本語で読める文献を参考を挙げるつもりです。

もう一度書きましょう。いま私たちが向き合うのは狩猟採集民です。あなたの常識を揺り動かす、たくさんの発見があるとお約束します。

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★参考文献

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