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Discommunicationの響き−『The Conet Project』。


■”乱数放送”に入れ込んで、『The Conet Project』に辿り着く。

いわゆる”乱数放送局/Number Station”に関心を持ったのはいつ頃だったか。

そうそう。20年ほど前に、偶然『アジア放送研究会』さんのサイトを覗いたことがあって、そこで紹介されていた北朝鮮をはじめとする各国の乱数放送に関する記事が面白かった。

乱数放送とはどんなものなのか? その”実態”に凄く興味が湧いた。

◇  ◇  ◇

関連情報を捜索している中で、The Moscow Coup Attemptというロサンゼルス発のプロジェクトが2005年にリリースしたアルバム『The Failure of Shortwave Radio』の存在を知った。タイトルはもろそのまんま。

このプロジェクトの主宰は、ロスで活動しているテレビや映画の作曲家Derek Whitacreである。彼が『The Conet Project』に遭遇した経緯などがリンク先のインタビューにあったので長いが引用してみる。

『The Failure of Shortwave Radio』 The Moscow Coup Attempt
(Capitalist 40290-01、2005)、筆者所有。

それから何年も経った 2004年頃、私は『The Conet Project』と呼ばれるものを発見しました。それは、冷戦時代の数十年間に録音された短波ラジオの録音を複数巻にまとめたコレクションでした。

この録音は“Number Stations”と呼ばれていました。一見ランダムな短波サイドバンドチャンネルで遠くからロボットのような声で読み上げられる、暗号化されたメッセージの謎の送信です。これは、現場のエージェントと秘密裏に通信を行う複数国のスパイネットワークの一部であると判断されました。

私はこれらの録音とその歴史に少し夢中になりました。送信の多くには、暗号化されたメッセージの始まりを知らせる、時には無調の構造の小さな音楽の合図が含まれていました。そこで、合図を自分の新しい音楽作品に翻訳する実験を始めました。その後、ウェブ上のリモート短波ラジオ受信機を使用してナンバーステーションの送信を自分で追跡して録音し、それを音楽に取り入れるほどに深く入り込みました。これは2004年頃のことであり、冷戦が終わったとされる時期からかなり経っていたため、この種の送信を見つけるのはかなり困難になっていました。

しばらくして、私はこれらの新しい音楽実験を、もっと適切な言葉が思いつかなかったので、新しい「バンド」として考えるようになりました。では、何と名付けましょうか? The Conet Project の放送の1つは、前述のモスクワのクーデター未遂事件中に録音されました。そのトラックは「The Moscow Coup Attempt」と呼ばれていました。

「Feature: The Moscow Coup Attempt Interview @derekwhitacre」
インタビューのサイト掲載は2021年半ば頃。web翻訳は筆者。

『The Failure of Shortwave Radio』の曲については、乱数放送局の音をミックスしたアンビエント音楽とでもいうか、この音にしばらくハマっていた。

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またまた捜索すると、この『The Failure of Shortwave Radio』にサンプリングされている音源は、『The Conet Project』というアルバムからのものだと知った。次は、どうしても原典の、オリジナルの音源を聴いてみたいと思うようになった。

さらに『The Conet Project』について捜索を続けると、発売元であるIrdialのページを見つけることが出来た。(注:現在は消滅、アーカイブのみ)

藁をも掴むようにページを読むと、1997年のオリジナル盤もちろん、2003年の再発盤もタッチの差で売り切れていた。ネットで聴けないかと探してはみたが、数曲(?)が聴けた程度だったか。当時はまだyoutubeでもほとんどアップされていなかったと記憶している。

『The Conet Project – Recordings Of Shortwave Numbers Stations』
(Irdial Discs – 59 ird tcp1、5CD Ver. 2013)、筆者所有。

それにしてもこの『The Conet Project』、音よりもまず、このジャケット写真と全体のデザインの無機的な美しさに一目惚れした。トンマナが素晴らしく良い。短波送受信用のアンテナらしいが、感情移入を排したストイックなヴィジュアルとアートワークが極めて内容に相応しい。

『Soldier-Talk』The Red Crayola(Radar RAD18、1979) 筆者所有。

私は、昔ジャケ買いしたThe Red Crayola『Soldier-Talk』のジャケットを輸入盤ショップの店頭で見た時を思い出した。

The Long and Winding Road、やっと実物を手元に置けたのは、2013年に5CD+ブックレットの15周年記念盤がリリースされた時だった。

■2013年Verの、アートワークをしみじみと愛でる。

やっと手に入れた2013年Ver、ジャケットにしても、盤ラベルにしてもアートワークがいい塩梅である。見ているだけでも心が和む。

上:オリジナルCD4枚、下左:増補CD×1、下右:ブックレット

そこはかとなく特務機関の暗躍と謀略の薫り漂う、写真素材のChoiceとトリミングの妙。こういう意匠は私の琴線に触れまくるのだ。

4枚のポストカードらしきブツが附属している。下記画像の左上にある機械が、wikiによれば旧東ドイツで開発された「モールス信号発声器」で、この機器が発する音声を短波で放送していたらしい。

音そっちのけで、CDのデザインをご覧いただいた。次は乱数放送を実際に聴いていただこう。

■Discommunicationの音とは、”無用の用”である。

まあ、それにしてもCD5枚、全176トラック、よくぞエアチェックして集めたものだ。これはまさに乱数放送の受信に人生をかけたリスナー・研究者の執念の労作と言っていい。名盤である。

以下はよくサンプリングされた有名な音源から。

乱数放送の音を一言で表すとすれば、私にとっては「無用の用」だろうか。

発信元の国なり政府機関が、別の地域にいる機関員と連絡を取るための暗号放送であるため、極々限られた当事者同士でしか意味を成さないもの。部外者にとってはまったく無用な音響に過ぎない。人によっては、うるさく耳障りでもあるだろう。

しかし、無意味かつ単に記号でしかないDiscommunicationな音響だからこそ、逆に聞き手の心に色んな光景やイメージを掻き立ててくれるのである。サウンドトラック作家であるDerek Whitacreが夢中になったのは解る。そして数字を読み上げる機械的かつ無機的な”声”を聴くと、不思議と気持ちが落ち着いてくる。

これは極論だが、なまじ日本語の歌詞でメッセージ内容が解るとしても、「僕は永遠に君を愛するよ」のよーなものは、私にとってはそれこそDiscommunicationな暗号に過ぎず、ケツが痒くなる。これがほんとの”無用の無用”なのだ。

さて、上記動画「The Buzzer」も有名な音源。旧ソ連からの発信らしく、核戦争時の連絡用として発信している周波数を確保しておくために鳴らし続けているとの説もある。

事の真偽は不明だが、単にブーブー鳴っているだけとは言え、精神安定剤的な癒し効果がある。副作用はないので睡眠薬がわりにオススメしたい。

■今では手軽に全音源制覇が可能に。ありがたや、ありがたや。

かつては音源の入手に苦労し、ネットでもなかなか聴くこと能わずだった『The Conet Project』も、アメリカの『Internet Archive』では全音源の聴取とダウンロードが可能だ。

いまではyoutubeでも172音源(中には一部重複があるようだが)を聴くことが出来る。ありがたい世の中になったものである。感謝。

(了)


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