灰の月 下巻(木原音瀬)

前回、惣一と嘉藤が物理的に距離を置く形で幕を閉じ、今回嘉藤が2年ぶりに東京に戻った事で再会し幕を開けます。

正直、嘉藤がなぜこうもトップに立つ者として惣一にこだわるのかが謎でした。
嘉藤が惣一に心酔する理由、それは簡単に言えば社会技能が高いからで、金沢山稼いで高い役職でふんぞり返って、他者を力づくで支配する、それが嘉藤の理想とする上に立つ者であり、理想の惣一なのです。

しかし社会技能の高いヤクザなんて、いくらでもいるでしょう。しかも惣一は件の事件からPTSDになり、嘉藤などの護衛が24時間側に控えていなければ安心できない、そんな弱さも見せています。
おまけに一度性交渉しただけで骨抜きになる程、チョロい。

嘉藤にとっての理想のトップ、代わりがいくらでもいそうなもんですし、ぶっちゃけ惣一より向く人も少なくないのでは。

他の社会技能の高いヤクザと一線を画す惣一の性質、それは「カリスマ性」であると私は考えました。
惣一について嘉藤は度々「カリスマ性」という言葉を用いているからです。
タレントなどのスターが多かれ少なかれ持っているカリスマ性、それを惣一に強く感じ魅了されたのだろう、と。
実際、惣一は街でスカウトされる事が度々あったそうで、カリスマの持ち主であるとの設定だと思います。

アイドルみたいなもんでしょうか。嘉藤は惣一に自分の理想を、夢を見ているのです。
カリスマのみっともない所はあまり見たいもんじゃないですからね、嘉藤は惣一の弱さや自分の理想から外れた部分を見ては失望し、それでもいつか理想の姿になってくれるはず…そう期待して待ってたわけです。
薬物乱用で捕まった芸能人を待つファンの様な心境だったのかもしれない。


因みにカリスマ、と言えばこれですね。↑

惣一はカリスマとして扱われる事をあまり気分良く思ってなさそうですが、これはカリスマ最高!とカリスマとしての人生をエンジョイしている人物の話です。

それから2年経ち再会したわけですが、惣一は金儲けに精を出し組員を従え、おまけに護衛無しでも平気な精神状態となっていました。
嘉藤と2人きりになっても昔の事はおくびにも出さず、淡々と対応。

正に嘉藤の理想の姿と化していた惣一に、嘉藤は感激します。俺たちのカリスマが帰って来た!復帰ライブに来たファンの様な心境だった事でしょう。

灰の月はちょいちょいギャグを入れて読みやすくするところがあるのですが、下巻もそんな感じです。

復帰ライブに感動した嘉藤はその直後、ドア開けっ放しで自慰に浸る惣一を目撃し「仕方ないよね…これくらいは…うん。」と少々落胆。
大昔なら、アイドルがトイレに行くところを目撃された、みたいな。

露出癖のある惣一ですが、ドアは本当に閉め忘れていた様で(惣一の名誉のために言えばおそらく家政婦が)、嘉藤が「ドア開けっ放しだよ!」と暗に伝えるためわざと音を立てて側にあった物置のドアを閉めるんですけど、そしたら部屋の中から騒々しい物音が。
「ドア閉め忘れてた?マジで?!誰か見てた?!やべー!」という感じ。

幹部組員らを従え「キマッた…これで嘉藤も俺を見直しただろう✨」と思っていたであろう惣一でしたが、ちゃんとオチを付けました。


復帰ライブに感動した嘉藤でしたが、惣一の様子は何かおかしい。絶対に、目の前で服を脱ぎたがらないのです。
おまけに「組長にはならない、NY行く。」とか言い出します。嘉藤にしてみればまるで、スターの引退宣言。

これはひょっとして…と思っていたら、予想通りの展開。だから度々海外へ行き、単独行動とってたのか。しかし途中なんですね。だからNYへ行き、完全にするつもりだった。

これ、保守的な嘉藤にとってはとんでもない事です。
こんなの俺の理想の惣一じゃない!…でも、良いなコレ、なかなか…いやいや俺の理想の惣一さんは…という風な葛藤を抱える嘉藤。

結局のところ、惣一がメンツを守る――つまり表向きの顔を嘉藤達の理想に合わせ、裏の顔については嘉藤も目をつむるという事で話が収まったのだと思います。
推しが実際はどんな人間であろうと別に良いじゃない、ステージや舞台上で夢を見せてくれるなら…そんな達観を嘉藤はしたのだろうと。

あとカルーセル麻紀が椿姫彩菜に「男性器あった方が男にモテる」と言ったエピソードを思い出しました。
嘉藤と惣一の間に足りなかったのは乳房だった!

ところがある事件をきっかけに、惣一はステージに立ち嘉藤や皆の理想の姿を見せる事すらできなくなります。
嘉藤は惣一のイメージを守るため、彼を誰にも会わせないようにしました。そしていつか推しが元の、理想の姿を取り戻す事を待ちながら世話をし続ける。
皮肉な話、惣一はこれをきっかけに願望を成就させたんですよね。彼が望んでいた通りになった。
この2人の暮らしぶり、嘉藤の心情は江戸川乱歩「芋虫」を彷彿とさせます。

しかし、いつしか嘉藤は惣一がもう二度と理想の姿を見せてはくれない事を悟ります。
かと言って彼は非情になれませんでした。愛というより、かつて見た夢への未練と情でしょうね。
平山が嘉藤と惣一について、ヤクザに向いてないという風な事を言ってましたが、確かに嘉藤は裏社会で生きるには非情さが足りてなかった。そしてナイーブ過ぎた。

ハチが「カタギになられたら探しようもない…」と言うんですけど、むしろその方が探しやすいのでは…惣一の捜索の時もそうだったが、どんだけ情報網ショボいんだ、この組は。よく、これまでやってこれたな。

だいたい嘉藤も惣一も破門状貰ってないから、カタギになれませんよ。
ハチは「嘉藤は頭良いから大丈夫」言うてますが、いくら有能であっても学歴無し・資格無し・身寄り無し・おまけに暴力団となれば、裏社会と何某か接点のある所でしか働けないだろうし、海外にでも飛んでなけりゃ見つかるの時間の問題だと思うのですが。
在宅ワークで済ませる事ができたにしても、全く外に出ないわけにはいかんでしょう。
海外飛ぶにしても偽造パスポートやら要るだろうから、結局裏社会と通じる事になり、そこで見つかるんじゃないだろうか?
校閲さん、しっかりして!

というか普通に相談すれば、破門状書いてもらえたんじゃないか?
というのもこの2人の所属する組織、暴力団にしては温情があるんですよね。
惣一が姿を見せなくなった後もずっと、何やかんや言いながらも組長の椅子を空けたままにしてたり、漁村に滞在中もそっとしておいてくれたり。
普通ならさっさと他の人が組長の席に居座って、漁村に滞在してる時点でバラされていたと思います。
なので、普通に相談して破門状書いてもらった方が良かったのでは?と。

あとこの作品、ヤクザの家の息子と娘による婚姻が基本なのですが、そもそもヤクザと結婚自体が縁遠いぞ。
結婚式はおろか、籍入れる事すら殆ど無いらしいんですけどね…

これはこの作品だけでなくBLあるあるなのですが、多くのBL作家は暴力団を旧財閥とか名家とかそういうのと一緒にしてない?!
校閲さん、しっかりして!

ところでこの作品、前の原稿は「愛が無さ過ぎる」と言ってボツになったそうです。
リブレの馬鹿!馬鹿!馬鹿!!
そりゃBLってボーイズラブっていうくらいだけど、しかしもっと多様性があって良いんじゃないでしょうか?













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