月に笑う(木原音瀬) 下巻

本橋組に移った信二は、いきなり本橋組組長の息子である惣一の護衛になります。
「灰の月」より前の設定の話なんで、この頃の惣一は未だ、猿山の大将でした。六本木の高級マンションに住み、大金を稼ぎ都会的な雰囲気を纏う惣一に、田舎から出てきたばかりの信二は「カッコイイ!」と心酔します。

私は「灰の月」から先に読んだので少し驚いたのですが、惣一はこの頃準構成員、つまり組員ではありませんでした。
明確に明記されてませんが、いくら何でも「灰の月」頃には組員になっていたと思われます。でなければ、跡目になったり幹部会に出席したりとか無理だと思うんで。

あと、惣一が準構成員て事は信二を始めとする職員も皆、盃貰ってないって事ですよね、きっと。よく知らないけど、準構成員に組員が仕えるって変な話だし。

惣一が準構成員でいる理由、それは目立たないためらしいです。惣一の納める上納金はけっこうな額らしいのですが、彼の存在を知る他組織は少ないのだ、と嘉藤は言います。
準構成員なんて警察ですら把握してんのに、同業者が把握できてないって、東京の暴力団は、どんだけ情報網ショボいんだ。

そんな惣一のお仕事は仕手師。違法な手段で株価を上げ、売りさばくという「金と銀」みたいな事をやっています。

その仕事の子分である君嶋というチンピラ、信二はこの君嶋の世話も任されました。
君嶋の世話、主にフィギュアとかそういうのを秋葉原へ買いに行かされるくらいで、金銭面について信二がぐちゃぐちゃ言ってないのを見ると、お使いに必要な額はじゅうぶん渡されてると思われます。
暴力も振るわれていません。むしろ信二の方が君嶋に振るっている。

社会全体的に見れば悪人ですが、信二にとって全然悪い奴じゃないと思うんだけど(むしろ信二の方が酷いのでは)、なぜか作中では君嶋が酷い奴で、信二は散々な目に遭ってるように描かれています。嘉藤からも「蛆虫」呼ばわりだし。
何でこんなに嫌われているのだろう、と思うのですがどうやら外見が悪くて不潔だからのようです。

惣一の護衛も兼ねる信二はある日、恨みを買った相手に襲撃された惣一を守った事で、かなり気に入られました。高い店に連れてってもらったり、高価な品を買い与えられたりする様になります。

この頃は半同棲状態で、すっかり恋人同士になった路彦にも「惣一さんてスゴイんだぜー!」って話をするようになり、路彦はだんだん2人の仲を疑うようになります。そしてこれが後の事件の火種になるんですよね。

路彦が信二の仕事に関わってきてからの展開が非常にスリリングで、正にページを繰る手が止まらない感じになりました。
「灰の月」もそうだったけど見せ方が上手いのか、読ませる作家だなー

これもちょっと驚いたんだけど、惣一、自分の性癖隠してるつもりだったんだ…

いや、「灰の月」で下っ端にディルドを買いに行かせるのを嫌がったから、隠しているのは分かるんだけど…
あまりにガード緩いんで、けっこう開けっぴろげなんだなあ、という感想を抱いてたんです。
だって、玲香って情婦がペラペラよく喋るんですよ、聞いてもいないのに。
初めて会ったばかりの下っ端相手に、こうも明け透けに喋るって事は、もう裏社会中に広まってんだろうな、って。

そして口止めもされてないんだろう、と。こういう店で働けてる女性、その辺しっかりしてるだろうから、ヤクザの報復怖いでしょうし、口止めされてたらこうもベラベラ喋らないんじゃないか、と。
しかし実際は口止めされていた…つまり惣一は玲香に舐められていたわけですが、実際チョロいし玲香はお咎め無しでしたからね…

既に裏社会中広まっているであろうというのに、惣一も嘉藤も「一体どこから情報漏れたんだ?!」と頭を抱えている。どこから、って玲香にきまっているし信二に喋るくらいだから、あちこちふれまわってるに決まってんじゃん。「灰の月」でも思ったが、この2人すごい天然だ。
そしてこいつらの情報網はどんだけショボいんだ、ホントこれまでよくやってこれたよ😅

そして路彦も「惣一さん?ていうの、カッコイイしキザだね。でもあの人、変態なんでしょw?」と言っており、同室の森君ぐらいには喋ってんじゃないかなと思われ、もはや裏社会のみならず、あちこちに広まってそうです😨

惣一の性癖を知る路彦は、信二が惣一の愛人なのではと疑い「いっぺん、そいつのツラ見てやろーじゃねえか💢!」と、丁度もう一人職員を探していた君嶋の誘いに乗りました。信二が慌てて説得しやめさせるんですが、惣一の方は路彦を離したがらない。

「灰の月」で惣一の父親が「息子は賢くない、人望が無い」と嘆いていたんだけど、今作ではそれがよく表れてる気がしました。
そう、嘉藤も危惧するように、今後も信二に慕わせておきたいなら、追い詰め過ぎてはいかんのですよね。
案の定、これをきっかけに信二の惣一への心酔は急激に冷めていきます。

また、路彦には毒親ではない金持ちの両親がいて、友人などカタギとの繋がりが強い。住まいは大学の寮です。
要するに、都合が悪くなってバラす事になった時、面倒なんです。
そうでなくても、本人に既にその気が無いとなれば、警察に駆け込みあらいざらい白状されるかもしれない。というか、どこかで情報が洩れるんじゃないだろうか。
そうした危険性を、全く考えていないんですよね。

信二の惣一への失望は、自分の舎弟を見捨てられた事でピークに達しました。これ、惣一が特別酷いのではなく、裏社会ではそれが当たり前なんだと思います。だから、信二は裏社会が向いていない。
ただ、惣一の言い方は問題だったと思われます。人望を失わない為を思えば、岡野さんの様な態度が適当だろうな。

嘉藤と逆なんですね、嘉藤は正にそういう惣一を理想として崇めていたが、信二は逆に失望した。

そんなわけで信二はお暇を願い出るんですけど、そしたら惣一は君嶋暗殺を最後の仕事として命じました。もちろん信二は、そんな事やりたくない。

これ、仕事すっぽかして逃げた方が良いんじゃないかな?というのも本橋組って情報網がショボいので、わりと簡単に逃げられそうです。岡野さん辺りにこっそり破門状書いてもらったら良いのでは、と思ったがそれは無理そうですね…

結局、信二は君嶋を殺さず、路彦も付いて来て2人で逃亡。
因みに君嶋は早乙女と組んで、後に惣一を襲撃するのですが、それが「灰の月」ですね。個人的に、この2人の話をもっと知りたい気がします。薬中半グレとアニメオタクな知能派半グレのコンビとか面白過ぎる…新堂冬樹「ろくでなし」みたいで😊


最後に疑問に思ったのが、嘉藤はなんで路彦を撃ったんでしょうね?
前述したように、路彦に手を出すと非常に面倒な事になりそうです。
しかも確実に殺すつもりだったろうに、体は置いたままで、埋めに行ったりもしてません。

救急車で運ばれたわけですが、当然病院は通報するし、路彦が何も言わずとも関係者である信二が控えているわけですから、そこから本橋組まで簡単に辿り着くでしょう。嘉藤の行動は自殺行為と言っても良いはず。
ただ、実際はそうならなかった。日本の警察が怠惰なのは知ってるつもりだけど、こうまで酷いとは思いたくない…クレイジージャーニーに出てくる海外スラムの世界やん。

信二と路彦は数年も経たないうちに、普通に東京で同棲し始めていました。
しかも、かつて信二が住んでいた部屋で。車もそのまんま。
信二は3年服役してたわけですが、その間暗殺者とか送ってこなかったし、惣一はかなり早い段階で捜索打ち切りにしてたみたいですね。
意外とあっさりした性格なんだなー…
でも、だからチョロいと思われて舐められるのでは。カタギ社会なら「気の良い人だなー」になるけど。惣一もまた、裏社会が向いてなさそうだと思ったが、実際「灰の月」でそう指摘されてましたね。















この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?