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決めることで現状が動き出す
出版社でライター募集してるんだけど、やる?
そう声をかけてくれたのは、もうすぐ知り合って3年になる、大好きな友人だった。
シングルマザーになり、去年までやっていた専属のライターをやめた私は、恥ずかしながら安心して生活できるだけの収入を得られていなかった。
将来に不安はあった。
将来どころか、現状も不安な状態。
そんな時に友人が声をかけてくれたのだった。
正直躊躇わなかったわけじゃない。
私は実母のような最強の味方になる
私は子どもを産んでから、何があっても我が子の味方でいる、と決めている。
もちろん、私に限らず、世の中の父や母の多くはそう思っているだろう。
先日、ママ友から息子についてクレームが来た。
保育園時代からの付き合いだが、近所だから、という理由で親子共にお付き合いしている感じの関係だ。
お宅の息子さんのせいで、うちの子が学校に行きたくないと言っています。
ひどいことを言われたり、話を聞いてもらえなか
言葉通り【なにもしない】
なにもしない時間が好きだ。
音楽を聴いたり、映画やドラマを見たり、散歩したりするのも好きだが、私は、言葉通りなにもしない時間が好きだ。
何もしていない時間にぼーっと空を眺めながら、「なんて空は青いんだ」と目の前の事実だけを感じるのが、心地よく思う。
BGMは時折通る車の音や、ご近所さんの会話、風が通る音、風で揺れる葉の音、小鳥のさえずりだけ。
私がこんなことがしたくなるときは、だいたい心が
こどもたちへ、離婚の伝え方。
先日、晩御飯を終えた後。
各々コーヒーやココア、牛乳やジュース飲みたいものを用意して、家族全員で食卓テーブルに集まりました。
そして、子供達へ離婚したことを伝えました。
離婚して一番悩んだのは、子供達への伝え方。いつ伝えたらいいのか。どんな風に伝えたらいいのか。考えても正解だと思えるものには辿り着けなくて、結果離婚して3ヶ月になる今月(離れて暮らすようになる1週間前)にやっと伝えることができまし
「良い子」の枠をとっぱらって、全力で楽しむ息子が羨ましい話。
今日、春から小学1年生になる息子に、小学5年生のお兄さんが入学前のお手紙を持ってきてくれました。
息子に一緒に手紙をもらいに行こうというと「なんでオレもいかなかんの」とブツブツ言っていましたが、ランドセルを背負ったお兄さんを見ると、キラキラした目で話を聞いて、「お願いします!」と自分からちゃんと頭を下げていました。
相手の子もドギマギした感じで、一生懸命手紙を読んでくれて、ちょっと引きつった笑
新しい環境への不安は楽しみに変えてやる!
新居の内覧へ行ってきました。
これまで住み慣れた家を離れて、家族4人で新たなスタートになります。実家に敷地内同居をしていて、ほぼ関与しない生活をしていたとはいえ、多かれ少なかれ助けてもらっていたのも事実。引っ越したら完全に離れて暮らすことになります。
正直、来月の引越し後を考えると、大変なんだろうな。と現実的なこと(病気になったら、隣人が嫌な人だったら、保育園入園の末子は大丈夫なのかなど)を考
喧嘩は面倒だけど、必要だった。
離婚になったきっかけは、元旦那の度重なる借金でした。(ほかにもあるけど)
なんども泣きながら頭を下げる姿を見て、なんども許してきたんです。でも、何度目の正直かわかりませんが、離婚を決意しました。
なんで離婚したのか。と言われると、パッと借金のことが浮かぶけど、冷静になって考えてみると、本当はそれだけじゃないよな。と思うようになったんです。
交際から結婚まで1年。その期間に喧嘩したことは一度もあ
捨てる勇気が必要。断捨離で家も心もスッキリ!
小さい時からずーっと「捨てられない病」でした。
今は色々と捨てられるようになりましたが、それでもまだ捨てられないものがたくさんあります。
書けなくなったペン、全然着ていない服、サイズアウトした子供服、読まない本、空箱。そんなものがたくさん家にありました。どれも勿体無いと思ったり、何かに使えるかも!と思って捨てずに保管してありました。それでいて家が散らかっていると感じたり、狭いと感じたりしていまし
息子は6歳。ママも6歳。
息子が6歳になりました。ママになってから、もう6年経ちます。
あっという間に過ぎた6年。
妊娠がわかった当時、理想としていたママには少しも近づいていません。
家は散らかっているし、ご飯も手の込んだものは作れないし、描いていた理想はまだまだ程遠い。
なれない育児に追われて、家事もままならない、全部やりかけで思ったようにやれない。子供がどんどん成長していく姿を見て、嬉しい気持ちと、自分だけ成長できず
私がライターになったわけ。
結婚してからこれまで、ずっと専業主婦をしてきました。
正直これといって特別なことなんて何もなくて、小さいどもがいると家事も全部中途半端なことばかりで、やりきったぞー!という達成感なんてほとんど感じることなく暮らしてきました。
働きに出たいと思ったことは何度もあるけれど、「待機児童問題」でなかなか働きに出ることはできず、結局ずっと甘えた環境で暮らしてきました。
とはいえ生活に余裕は全然なかったの