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コンプレックスのその先へ

彫刻(及び彫刻科)には、多かれ少なかれ「マッチョイズム」がある、と思っている。

ここでいうマッチョイズムっていうのは、こう「体力勝負で作品はデカイ方が良くて力持ちのやつが強い」みたいなもの。簡単に言うと。もちろんそれが全てじゃないけど、そんな価値観が全くないとは言い切れない。

でもそれがいいとか悪いとかっていうことをここで論じたいわけでは全然なくて、ここに書くのはわたしのもっと個人的な話である。

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彫刻をやっていて、石を彫っているんです、というと必ず言われることがある。

「へえ、そんなに細いのに石を彫ってるなんて意外、すごいですね。」

そう、かつてわたしはこれを言われたかったのだ。
わたしが彫刻科に入った理由の一つ。正直、自分でもあまり自覚したくなかったけど、それはマッチョイズムへの憧れだった。

わたしは体が弱い自分が大嫌いだった。
体が弱くて大人しくて何もできない自分から脱したいと思っていた。

ずっとそれを認めたくなかったけれど、わたしがここまで彫刻を続けてきた理由の一つはそのコンプレックスから脱するためだったんだと思う。


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工作は苦手だった。絵を描く方が好きだった。
昔っから腕も足もガリガリで、金槌を打つのが下手くそで使えばすぐに血豆を作った。

喘息持ちで、ちょっと公園で遊んだだけで発作を起こす子供だった。小学校入学前の記憶は半分くらい、病院の小児病棟だ。

「無理したらあかんよ」

それが母のわたしに対する口癖だ。今も昔も。
それは本当にそう、口酸っぱくそういう母の気持ちはわかる。

だけどわたしは無理がしたかった。
自分の体力の限界を超えて頑張るということをしてみたかった。

でもその先でだいたい必ずぶっ倒れた。

母の助言は正しかったのだ、それは知っていたけれど、でも。何度か病床で悔しくて泣いた。
もう病院のベッドの上で寝たくない、と思っても、どんなにもう健康だと思っても、情けないことに大人になった今でも油断すると風邪を拗らせて肺炎になってしまう。

こうもストレートに言うとこっぱずかしいけど、ずっと、強くなりたいと思っていた。
多分、わたしは彫刻科にそのフィジカルな「強さ」を感じていたんだろうと思う。実際、試験で使う水粘土さえ、2〜30キロの粘土を練るのはわたしには一苦労だった。しょっちゅう「そんな小さい手でよく粘土を練れるね」と言われていた。

だけど。
手が小さかろうが、体が小さかろうが、体力がなかろうが、馬鹿にされてたまるか、負けてたまるか、負けてたまるか。
そうした思いが常に根底にあったし、そういう思いが自分を前に進めてきたような気もする。

………………………


めでたく彫刻科に入学し、大学院もでて、いまだに彫刻を続けているわたしは、じゃあマッチョになったかと言われたら、そんなことはない。強くなったか、いや、別になってない。

なってないけど、なぜだか石を彫っている。

もちろん多少重たいものが持てるようになったとか、石頭ハンマーをうまく振れるようになったとか、そういうのはあるけれど、それはおおかた、力の問題というより力の使い方の問題だ。

わたしは今でも、自分のことを体力がなくて、へなちょこだと思う。

だけど今のわたしは、体力がなくてへなちょこでも、石を彫れるのだと知っている。そして、いい作品を作ることと、マッチョかどうかみたいなことは、全く関係がないのだということも。

また、ありがたいことに先人たちは重たいものを運ぶために様々な機械を発明してくれた。フォークリフトと玉掛けとクレーンの資格を持っているわたしは、そんじょそこらのマッチョよりよっぽど重たいものを運べるし、重たいものの動かし方も、多少は心得がある。

わたしより力のある人はいくらでもいる、というかだいたいみんなわたしより力持ちだと思う。でもそれがなんだ。

もちろん、今でももっと力があったら体力があったらと、思うことがないわけではない。コンプレックスが全くなくなったなんて、言わない。でもしようがないのだ。わたしはわたしの体で、わたしの体力という制限の中でやれることをやるだけなのだ。

わたしはわたしの体を、コンプレックスを受け入れる。

………………………

授業で石の彫り方を教える時、わたしは初めに必ず決まってこう言うことにしている。

「石って、すごく硬いし重いしハードで大変そうだと思うだろうけど、わたしを見てください。見ての通り非力です。でも安心してください、こんなわたしでも石は彫れるから。みんなも彫れます!」

それは学生への励ましのようで、自分への励ましだ。
大丈夫、わたしは石を彫れるし、彼らにその術を教えてあげることもできる、と。

「へえ、そんなに細いのに石を彫ってるなんて意外、すごいですね。」

かつて言われたかったこの言葉を言われる時、わたしはなるべくなんでもない顔をしてこう答える。

「意外と大丈夫ですよ、便利な機械がいっぱいあるんで、全然彫れます。わたし以外にも、石彫やってるけど小柄な女の人、結構多いですよ。」

わたしはもう知ってるから、彫刻や石彫がマッチョだけのものじゃないということを。 

だから今は、この台詞をもう聞かなくていいくらい、そのことを人に知ってほしい。

そうして、時折考える。この一つのコンプレックスを越えた先、わたしはここからどこへ向かうのだろう。
わたしの中で、彫刻を、石を彫っている一つの理由が、なくなった気がするのだ。もちろんわたしが石を彫っている理由はそのコンプレックスが全てではないが、でもそれは確かに一つの理由だった。
でもこうして、その理由を言葉にして自覚した今、わたしはもはやそこにこだわりを感じない。

そうなった時に、わたしはこれからどこに向かうんだろう、と、自分のことなのに、行き先のわからない舟の上でぼんやりと遠い景色を眺めているような気分に最近なるのだ。

でもそれは決して悪い気分ではない。

理由がなくなることは、わたしを縛っていたものが一つほどけることでもあるから。

先のことがわからないことが、今まではずっと不安で怖くて仕方なかったけれど、最近はそうでもない。助手の任期が終わって、大学を出て石彫ができない状況になったら、まあそれはそれで面白いかも、くらいの気持ちになってきたし、じゃあ今のうち楽しく彫っとくか、くらいの気持ちもある。

ここを出たら、どこか遠くに行きたいな。そんなことを最近は考えている。

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