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東京医大のニュースを見ても驚けなかった話

東京医科大学が女子の受験者にたいして一律減点していたというニュースを見て、わたしは特段驚かなかった。まあ、そうだろうな、と、きっとここだけじゃないんだろうな、と思ってしまった。

多くの方が言われているように、氷山の一角に過ぎないと思う。

正直、藝大でもそんな噂はさんざんあった。
高校生の時、こんなことを言われたことがある。

「彫刻科の試験でよく自画像や自刻像が出るでしょ、あれは男か女か見分けるための試験課題なの。将来作家を続けていくのは男の人の方が多いから、男をとりたいんだって。だから自画像や自刻像がでたら女の子は中性的な顔立ちにしたり、ちょっと男の子っぽく作った方がいいらしいよ。」

そんなバカな、いまの時代にそんなことある?昔はあったのかもしれないけど、昔の話でしょ。ただの噂だよ、嘘だよ。

最初はそう思っていた。

だけどその後さらに、受験者数の男女比率はいつも女子の方が多いのに、合格者数の男女比率は毎年大体半々になるという話を知った。彫刻は男女の人数差がそこまで大きくないが、圧倒的に女子の方が多い日本画でも、合格者数は半々くらいになるのだという。
実際、わたしが受かった年(平成23年度)も、受験者は男90人、女127人だが、合格したのは男11人と女9人だった。ちなみに日本画は男108人、女403人で合格者は男11人、女14人で、正直誰が見てもあきらかな人数操作を感じる数字だったが、もはやその操作は受験者の間でも暗黙の了解のようになっていたように思う。

(私の知る限りでは)ほとんどの人がその現状を仕方ないものだと、静かに受け止めているようにみえた。たまに仲間内で文句をこぼす程度だった。

実際もうそのくらい、麻痺していたのだ。

…………………

それでも最近は学生も女性が増えたように感じていて、調べてみたところ平成30年度では日本画の受験者は男96人、女359人で、合格者は男7人、女18人だった。ずいぶんと女性が増えているような印象を受ける。
しかし受験者数の女性比率78%にたいし合格者の女性比率は72%。倍率にすると、男13.7倍、女19.9倍。歴然とした差が、まだある。
では美術学部全体ではどうか。
受験者数 男826:女2047  (女性比率71%)
合格者数 男83:女150 (女性比率64%)
倍率 男9.9倍 女13.6倍
どうやらまだ女性の方が倍率が高いようだ。この年だけそうならまあそういう年もあるよね、と思うのだけど、だいたい毎年このように女性の倍率の方が高い数字がでてくる。

彫刻科じゃしょっちゅう「男性の方が空間把握能力が高いから男性の方が立体は向いてるんだ」なんて言われたけれど本当なのか。男女に能力差はあるのか。実際予備校のコンクールで男女差を感じたことはなかったけれど……

ここで他大学と比べてみる。

多摩美術大学(平成30年度・一般方式)
受験者数 男877:女2180  (女性比率71%)
合格者数 男204:女658  (女性比率76%)
倍率 男3.9倍 女3.3倍

武蔵野美術大学(平成30年度・一般方式)
受験者数 男1000:女2223  (女性比率68%)
合格者数 男186:女597  (女性比率76%)
倍率 男5.3倍 女3.7倍

金沢美術工芸大学(平成30年度・一般選抜)
受験者数 男179:女541  (女性比率75%)
合格者数 男32:女105  (女性比率76%)
倍率 男5.5倍 女5.15倍

こうして他大学の結果を見てみると男女で差はほぼない、武蔵美に関してはこの年は女性の倍率のほうが低い。年によって数字のばらつきはあるだろうが、これを見る限り男女で能力に差があるとは言い難い。

ではなぜ東京藝術大学では毎年決まったように女性の倍率の方が高くなるのか。

実際のところはわからない。学生の時に入試バイトはしたけれど、採点がどう行われているのか、わたしは知らない。(彫刻は最近年によって入学者の男女比率のばらつきがでてきて、女子が多い年も増えてきたので、一応公正であると信じているのですが…)

だけど、美術学部全体の数字でみると(他大学と比べても)今だになんらかの調整が働いているのではないかと、どうしても勘ぐってしまう。

…………………


数字だけではない。

入学した時、初めて教職員と顔をあわせるオリエンテーションの日、ずらりと前に並んだ教職員を見てわたしは驚いた。

助手から教授まで、総勢23人の教職員は、すべて男性だった。一人も女性がいなかった。

素直に、ああ、女性が彫刻家としてやっていくのは大変なことなんだ、と思った。そして、これからこういう世界で戦って生きていくんだな、と静かに覚悟を決めた。

それでもわたしは先輩や先生たちを尊敬していたし、彼らも基本的には男も女も同等に扱ってくれていたようにわたしは思う。

ただ、高校生のころに聞いた「将来作家を続けていくのは男の人の方が多いから、男をとりたいんだって。」という話を、わたしは忘れることはできなかった。

ある時、飲み会で尊敬していた人の口からこんな言葉がでた。

「女の子は結婚したら作家やめちゃうからね〜」

わたしはその発言を否定することも責めることもできなかった。
女は結婚か作家活動かどちらかひとつしか選べないと言われているようで、悔しかった。その人の口からそんな言葉がでたことが、ショックだった。

悪気はないんだろう、単純にこの人が今まで本当に見てきた統計の結果がそうだったんだろう。

そういうような発言をするのは、その人だけではなかった。在学中、何度かそんなようなことを言われた。
そしてそう言う人はたいてい結婚していて、子供もいて、さらにはその奥さんは同じ藝大で出会った人であることがほとんどだった。

彼らはなぜ女性が結婚すると作家をやめてしまうのか、その理由を考えたことがないのだろうか。なぜ自分が結婚と子供と作家とすべてを得られてきたのか、その理由を考えたことはないのだろうか。

もちろんすべての人がそういうことを言うわけじゃないし、そういう発言をする人に対して、恨み言をいいたいわけではない。他の部分では尊敬もしている人たちだ。

だけど、その発言はどうしても飲み込めなかった。飲み込めなかったけど、彼らのその発言に対してその場で強く否定することもできなかった。

わたし自身、(結婚願望の有無はさておき)それらすべてを得ることなど、家庭と作家の両立など、とても自分にはできやしないだろうと思っていたのだ。

…………………


今回の東京医大にしたって、「女医は結婚出産などで離職することが多いから」ということを理由にしていたそうだけれど、なぜ女性だけが結婚出産で離職するのか。男性は離職せずに済むのか。

どうしてそちらを考えるに至らないのだろう、と思ってしまう。

自分の経験から考えてもやっぱり、今回のようなことは東京医大だけに限った話ではないし、医学部に限った話でもないと思うのだ。
そして、公正な試験が行われていないとするならば、それは女性だけでなく真面目に努力してきた男性に対しても失礼なことだと思うのだ。

去年、大学の同期の友達と複数人で飲んでいた時、結婚願望があるかないか、子供がほしいかほしくないか、というような話題になった。

答えはもちろん人それぞれいろいろあったのだけど、ある男の子は、絶対に結婚もしたいし子供も欲しいのだと言う。それに対してみんなは「育児大変だよ」とか「家事の分担はどうするの」などかなり具体的なことを突っ込んでいく。

しかしその彼はそのあたりは結構真面目に考えていて、家事のことも育児のことも、夫婦共働きという設定でしっかり答えていて素直に偉いなあ〜と感心した。

でも、そこで思わずわたしはこう聞いてしまったのだ。

「じゃあもし、結婚することで今の仕事をやめなきゃならないとしたら?」

意地悪な質問だと思った。彼は即答した。

「それなら、嫌だ。結婚したくない。」

そしてそれは、とても正しい答えだった。まっとうな答えだと思った。だからこそ、わたしは泣きそうになった。
彼は結婚したからといって仕事を辞める必要は、どこにもないのだ。
そしてそれは女性にとっても、そうであるべきことなのだ。

だけど現状考えざるをえないのだ。
「どっちを選ぶ?」
わたしは迷わず仕事をとる。そして結婚・出産を、諦める。

自分の中にも、そういう図式が、もう当たり前のように染み付いていることにその時やっと気がついた。

…………………

それでも、少しずつは変わってきているのだと思う。
彫刻科のスタッフも、今は女性も増えてきた。初めての女性の准教授も。
かくいうわたしもなんだかんだで、大学で働いている。

この間とある人(男性)からこんなことを言われた。

「作家を続けたいから、結婚しないなんて思わなくていいんだ。どっちかしか選べないなんて思わなくていい。どっちも選んだらいい。」

わたしにはその人からそんなことを言われるのが意外で、面食らった。
いやいやそんな簡単に言われても!とも思ったけど、素直に、嬉しかった。

今回のニュースがきっかけで、世の中がもっといい方向に動いていけたらいいなと思う。こんなニュースを聞いてもっと驚けるように、わたしも諦めることに慣れてしまうのは、もうやめようと思う。

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諸岡亜侑未
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