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第四巻~オオカミ少年と白薔薇の巫女~②-2.5

翌日は東の館へ、次は南の館へ、と渡り歩き、オードはどこでも大人気になった。
 容姿もさることながら、紳士的な態度や物腰がご婦人方やお嬢様方の心をがっちりつかんでしまったのだ。遠い異国からやってきたという謎めいた経歴も、それには一役買っていた。
 おかげでアージュの指輪もよく売れた。アージュはオードにめろめろになった女性に近づきアクセサリーを売りまくったのだ。
 朝方、宿に帰ってきたアージュは今日もご機嫌だった。
「さ、明日、というか今夜は西の館よ。そこで全部売り切っちゃうからね」
《アージュ、頼むから、指輪を売るとき、私の名を出すのはやめてくれないか》
 すでに鍵の姿に戻ったオードが抗議する。
「いいじゃない、名前出すくらい。協力しなさいよ」
 これもすべてこのあとの路銀のためなんだから、とアージュが言う。
《だからと言って――》
 と、そのとき、ベッドに腰掛けたアルヒェが「あれれ?」と声を上げた。
「これ、オード宛の手紙だ」
 なんと、アルヒェの服のポケットにいつのまにか封筒が入れられていたのだ。
「それなら、オレも何通か預かってるよ」
 ランも「はい」とオードに封筒の束を見せる。
 アルヒェとランはオードの連れだということで、恥ずかしくてオードに直接渡すことのできない少女たちから、手紙を渡す役目を負わされていた。
「オードはすごい人気者だよね〜」
 封を開けてみると、たいがい「今度、〇〇日の晩に私と踊ってください」というようなダンスの申し込みの内容だった。
「あんたも罪作りな男よねえ」
 アージュがにんまりとほくそ笑み、オードが照れた声であわてる。
《わ、私は別に――》
「はいはい、あんたは王女さま一筋だもんね。でも、お嬢様方からのお誘いをお断りするのは騎士道に反するわよね?」
《それもそうだが……》
「あんたはただ騎士らしく振舞っていればいいの」
 だから、あたしのやることは気にしないで。
とアージュがひらひらと手を振り、本日の売り上げを計算しはじめた。
《いや、だから――》
「しつこいわね、もう。男なら細かいこと気にすんじゃないわよ」
《そういう問題ではない。私は君のそういう図太い神経が》
「今、図太い神経って言った?」
《言った。あまり調子に乗っていると、この前の古城のときのようにあとで痛い目に遭うぞ》
「そんな古い話、もう忘れたわ」
 今年の赤蘭月の話について言い合うふたりを見て、アルヒェがランにこそっと訊いてきた。
「古城のときの話って?」
「あー……えーと……」
 ランはあいまいに笑った。
北グオール村の古城での一件は、やはり宝探しが絡んでいたのだが。赤蘭月いっぱい屋根のあるところでぬくぬくできるはずだったのに、村人たちにアージュが吸血コウモリに変身したところを見られて、大あわてで立ち去ったということがあったのだ。
 アージュが吸血コウモリ少女であることは、アルヒェには内緒なのだ。正体をバラしたら、いったいどんな目に遭わされるか――。
 けれど、今は、そんなことより。
「……はああああ」
 深いため息をついたランに、アルヒェが「ん?」と小首を傾げる。
「どうしたの、ラン。元気ないみたいだけど」
「アージュとオード、最近、変なんだ。ギスギスしてるって言うか……オードが人間の姿でいられるうちは、楽しくやりたいのに」
 アージュとオードは「そんなに古い話ではない」だの「男のくせに細かいこといちいち覚えてんじゃないわよ」だの、見解の相違について、互いに一歩も譲らず、延々言い合っている。
 アルヒェにとっては、いつもの感じにしか見えないのだが。
「憎まれ口を叩くのも、仲がいい証拠だと思うけど」
「そーなんだけど、なんか変なんだよなあ」
 アージュとオードの口ゲンカは今にはじまったことじゃないし、はたから見ていておもしろいと思うときもあるのだが。
(……オレ、考えすぎなのかな)
 どうにも腑に落ちないランなのであった。
 

(第二話②-3へ続く…)


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