湯煙
もうずいぶん長く湯船に浸かっていない。
自営業となり、相方であった人間が経営から離脱してからの僕は少々…恐らく非現実的な過労気味だ。17時間の仕事、2~3時間の睡眠、3時間ほどの休憩。そんなスケジュールをもう何ヵ月しただろうか。
たまに温泉なんか行くんだが、それも閉店前に行くからあんまりゆっくりできない。
引っ越したマンションはいまだにガス電気を契約していないため、自然光の照明と水浴びがお風呂だ。髪も伸ばしっぱなしで、余計真剣に衛生管理を神経質にさせられる。
ミュージシャンだか漫画家なんだか料理人だかわからない人生。
僕は至って幸せだ。だが愚かな人々は僕を「社会人として」「常識的ではない」というので、
仕方なく周りを伺って日々を振る舞う。
美術館にできた喫茶店は、そんな僕の不整合さを煙のように覆い隠してくれるだろう。
湯煙のかわりに、小さなカップから立ちのぼる湯気。冷めた身体を珈琲が暖める。
今日は寒すぎる。春雨はまるで仕事中の母親みたいな冷たさで、どれだけ話しかけてもどこ吹く風。強い雨粒ではないものの、染み入るような逃げられない寒さが熊本市を覆っている。
一人でいられない子供みたいに、僕は天気から離れられない。空の様子が僕のその日のテーマを決めている。
窓は広くて、熊本城の岩色の肌と雨を受けたばかりの春らしい黄緑、木の幹や枝がわかる。空は鉛色で、シンプルな景色で、額縁というよりは横長の、屏風に描かれた、全然なんてことない、特別ではなさそうな眺めだ。だからここはいい場所だと思う。
コーヒーやワインは、高い値段のいい造りのものであるよりも、それより安くても、状態が良いものであれば大抵その方が美味しい。
銭湯に描かれた富士山と、ここから見える木。
自分のどこか、温泉では癒せなかったばしょが少し弛んでいる。
固めのプリン、碧い器、ブラウンラインの入ったカップの白い内側、美術館分館の上階、
テンションは4度から4度m7へ、座って春の続編を待っている。
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