画家
青い服の人形と赤い服の人形が窓辺で外を眺めてゐます。
(お兄さん、あの人、何してるのかしら)
(え、どこ?ああ、あそこで腰掛けてる人、多分、絵を描いてゐるんだよ)
(ふうん、何を描いてるのかしら、空かな?)
(まあ、この辺は変わつた物もないし、ありきたりの町並みだけれどね)
(わたしだつたら、飛んでる鳥の絵を描きたいな)
(さうだね、でも、絵は動かないけれどね)
(動かなくても、描きたいの、だつて飛んでゐるんでせう?)
(飛んでるなら、絵から出ていつて、飛んでいつてしまふよ)
(さうなつてもいいよ、でも、絵も動いてるから、ずつと絵の中にゐるよ)
(ぢや、絵の中に閉ぢ込められてゐるんだ)
(そんなことないよ、だつて、絵はねえ、とおつても広いんだから)
(あそこで絵を描いてゐる人は、建物とか道とか並木とか、そんなに広い絵を描いてゐたら疲れちやうよ)
(お兄さんッて、理屈つぽいのね)
(さうかなあ、君の方が理屈に合はないことを言つてるやうに思ふけれども…)
(例へばねえ、お兄さん、絵をかく時、何を描かうと思ふ?)
(まあさうだねえ、何か気に入つたものとか、気に留まつたものとかかな)
(でせう?そのときひらめいたものよねえ)
(でも、夕べ見たお月さんも美しかつたしなあ)
(それも、今感じたことよねえ)
(まあ、さうだけれども…)
(だから、描きたいものつて、美しく感じた一瞬のこと…
絵は好きなところを少し描けばいいのよ、
あとはひとりでに拡がつていくから…)
(拡がるつて…?)
(世界ができていくのよ)
(ふむ、大きく来たね)
(小さい世界よ、初めは…)
(好きなところ、少しだけ、一瞬のことだからね)
(でも拡がつていくのね、鳥は飛びたくなるものだから、
どこまでも、いつまでも)
(どこまでも、いつまでもッてさ、無限に、永遠にッてことだね、
一瞬の絵のなかにそんなのがあるのかなあ)
(お兄さん、もつと想像力を使つてよ、
わたし、あると信じてる、だつてその方がロマンチックな感じがするでせう?)
(あ、あの人、もう帰るのかな、片付け始めたよ)
(どんな絵を描いたのかしら?見てみたいわ)
(好奇心旺盛ッてとこだね)
(何を好きになつてもいいのよ、見えない絵でも何でも、
さうすれば、石ころでも好きになつて宝物になるわ)
(石ころ?あの昔の歌かな…)
(それに、好きになると、熱くなるでせう?)
(熱くなる…?ああ、情熱のことだね、好きだから、情熱が続くんだ)
(初めは小さい世界でも、熱くなつて続くから、大きくなつて…)
(あの大きな木のやうになる…)
(百年ぐらいしたらね、
ほら、もうみんなに親しまれてゐるわよ)
(ぢや、ぼくも好きなものを描かうかな
君が好きだから、君を描くよ)
(ええ、いいわよ、わたしもお兄さんが好きよ)
(わあ、告白されちやつた)
(ばか!)