僕を見つけてくれたのは。
あれがいつの頃かも、もう忘れてしまった。
朝帰り、家へと向かう路上で、マッチを擦って煙草に火をつけた瞬間に、凛の匂いを冷気とともに吸い込んだことを覚えてるから、冬のある日だったのかもしれない。
天気雨に降られて、電車の通り過ぎるゴーっという音だけが鳴り響く高架下で、時間をやり過ごすために、返信したのを覚えているから、6月の夕方だったのかもしれない。
その子は、パリに住んでいた。
別れが裏切りにも似て、突然なら、不意に震える携帯の振動ではじまる再会も、また裏切りに似て、突然だ。
一年ほど、フランスに留学していた彼女とメールだけでやりとりをしていた。
ポラリスってバンドの光と影って曲をきっかけに懐かしいはなしから始まった、月に数度のやりとりは、彼女のフランスでの生活の貧しさや孤独を吐き出すことばもあれば、やがては彼の地で絵本を出すことになったという喜びのことばも描かれていた。
いつか行ってみたい場所。僕のいつか住んでみたい場所に暮らす彼女のことばは、たとえそれが、愚痴のようなものであれ、僕の現実を少しだけ、きらびやかにしていた。
彼女は書いていた。
あなたのことばは、地上から少しだけ浮かび上がった詩のようで、
あなたの綴ることばは、まるで映画のストーリーを聞いてるみたいで。
僕は、だって、と思った。
だって、僕を見つけてくれたのは、あなただから。
久しぶりに日本に彼女が帰ってきた吉祥寺の夏の真っ昼間。ごはんを食べ、井の頭公園で缶ビール片手に呑んだ。きついハグで始まった再会は、おやつの時間には、ほっぺたやおでこにキスを交わして、そして人目を憚らず、吉祥寺の名前も知らない路上で、ずっと口づけを交わし、抱き合った。もう何時間かも分からないくらいに、キスをした。
その日が終わり、魔法は12時前には溶けていた。彼女のしていた腕時計は完全に壊れて、針が動かなくなり、お互いにいくつものキスマークとあざを作って、別れた。
それが僕にとっては青春の終わった日だった。
いつか私のことを描いてね。彼女は何度もそういった。
僕を見つけてくれたのは、彼女だった。彼女のフルネームには、詩って字が入っている。
必ず買うと約束した絵本はまだ、買ってない。探してみようか。探さないでいようか。
#詩
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