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【短編小説】交換日記

私は客観的に見て、恵まれていると思う。
でも、何をしても満たされなかった。

満たされないままで生きようと決めたのは数年前。
それと同時に、60代にしてヨガデビューをした。
同年代の女性は少ないが、少し年下の大森さんと仲良くなり、ヨガの後によくお茶をしている。

彼女はいつも笑顔で、太陽の様な女性だ。
女性に有りがちな愚痴、悪口、自慢、過度な謙遜が無く、話していて楽しい。
1日1日を大切にし、楽しんで過ごしているのが分かる。

「大森さんはいつも幸せそうね。
 何事にも前向きで、一生懸命で、何だか羨ましい。」
「そうですか?
 私、主人に先立たれて、子供もいないじゃないですか。
 仕事もハードな介護系で、精神的に参る事も多くて。
 でも、天涯孤独だからこそ、私が私を絶対に幸せにするぞって思って、生きています。
 毎日、私自身と交換日記をしているんです。」

「交換日記?」
「そうです。
 お気に入りのペンとノートを用意して、私へ日記を書くんです。
 今日はこんな事が有って、楽しかったね、とか。
 今日はしんどーい、とか。
 それは大変だったね、ゆっくり休んでね、とか。
 思った事や感じた事を、思うままに書きます。
 そうすると、私自身を客観視出来るんです。
 何をしたいのか、何を欲しているのか、どうなりたいのか、とか色々と。」

「へー。
 私もやってみようかな。」
「楽しいですよ。
 上野さんも是非!」

彼女に倣い、私も私自身と交換日記を始めた。
これが凄く楽しい!
私との会話なんて、今まで1度もした事が無かったから。

交換日記を楽しんでいる事を彼女へ伝えたら、私の誕生日にスワロフスキーが付いた綺麗なペンとノートをプレゼントしてくれた。
「素敵なプレゼントを有難う!
 でも、これはお高いでしょう?
 いただいて良いの?」
「私、このシリーズが大好きで、使うとテンションが上がるんですよ。
 私にはペンとノート位しか買えませんが、このシリーズの物に囲まれて生活をしている私をイメージしながら、使っているんです。
 引き寄せって奴ですかね。
 イメージ出来る事は、全て現実化出来るらしいですよ。
 あと、お金は遣わなければ、ただの紙切れじゃないですか。
 だから、私を幸せにする事にお金を遣いたいんです。
 上野さんが喜んでくれると、私も幸せなので、遠慮せずに使ってください。
 いつも高級な物をいただいてばかりですし。」

「大森さん、大好き。
 このシリーズって何処で買えるの?
 私も見てみたいな。」
「紹介制の通販で買っているんです。
 あまりオープンにはしていないのですが、上野さんは特別なので、URLをお送りしますね。
 スワロフスキーを使った物以外にも、色々な物を扱っていて、定期購入も出来るみたいです。
 私も可愛い絵本を買ったり、お花を定期購入しています。」

「へー、絵本やお花。」
「その辺りはお値段も安くて、私にでも買えます。
 幅広く取り扱っているので、見てみてくださーい。」

帰宅後、彼女が教えてくれたURLを早速開いた。
あらやだ!
このペン、1万円もする!
ノートも高い。
でも、どれも綺麗で魅力的だわ。
お手頃価格の可愛い本や小物、アクセサリーも沢山有る。
彼女へのお礼を兼ねて、何かをプレゼントしたいな。

ん?
「自分をもっと好きになって、幸せ一杯の人生を送りましょう。」
だって。
リンクをクリックした。
へー、セミナーもやっているんだ。
「セミナー受講後、セラピストや講師としてご活躍いただく事も可能です。
 あなた自身から溢れ出る幸せを、世界中に拡げましょう。
掲載されているセラピストや講師は、大森さんの様に笑顔が素敵な女性ばかりだ。

***

「上野さんとこうしてお茶をするのも、久し振りですね。
 仕事がバタバタで、ヨガへ行く時間を取れず、ずっとお会い出来なかったので。
 プレゼントも有難うございます!
 このポーチ、ずっと欲しかったんで、嬉しいです。」
「いえいえ、遅くなってしまったけれど、ペンとノートのお礼よ。
 喜んで貰えて、私も嬉しいし、幸せ。
 私を幸せにする事にお金を遣うのって、楽しいわね。」

「ですよね!
 ところで、上野さん、何か有りましたか?
 お会いしない間に綺麗になりましたね。
 何か、輝いている。」
「実はね、やりたい事を見つけたの。
 今はそれに向けて、勉強中よ!」

***

「今年度の売上のトップは、またしても大森さんです。
 おめでとうございます!」
「有難うございます。」

「上野様でしたっけ?
 良いお客様を捕まえましたね。
 5年連続のトップセールスとして、他の営業へのアドバイスをお願いいたします。」
お金持ちそうなのに、負のオーラが出ている人が狙い目です。
 私、心に穴が開いたお金持ちを探す嗅覚が優れているんです。
 これは場数を踏めば、身に付きます。
 その後は焦らず、ゆっくりと攻めます。
 セミナーに食い付けば、こっちのもんです。
 高額の教材も買ってくれますし、セラピストや講師になったらなったで、更新料や勉強会の受講料で、幾らでも引っ張れますからね。」

「貴重なアドバイスを有難うございます。
 大森さんにはインセンティブが支給されます。
 来年度も引き続き、頑張ってくださいね。」
「はい、頑張ります。」

さて、そろそろヨガを退会し、次のターゲットを探すか。
インセンティブが入るし、主人や子供達との旅行の計画もしなきゃ。
あー、忙しっ。


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