【小説】一人十色 第2章「巧言玲色」
この街に引っ越してきて1週間が経とうとしていた。最初こそ色々と困惑してしまい、自分は本当に上手くやっていけるのだろうか? そんなことばかりを考えていたが、人間とは面白いもので慣れてしまうのである。そして、慣れが来た後は、必ずと言っていいほど飽きが来る。ソファーに寝転がり、テレビのチャンネルをひたすら変え続ける。
「ザッピングの調子はどうだ? さあ、夕飯にしよう。ご飯よそってくれるかい?」
「うん、今行く」
テレビを消しキッチンに向かう。お味噌汁の良い匂いが食欲を掻き立てる。今日の夕飯はなんだろう? 父の背中越しにフライパンを覗き込む。ハンバーグだ。突然目の前に現れた好物に目が輝く。
「お父さん、これくらいでいい?」
お茶碗一杯にご飯をよそいながら父に尋ねる。流石に盛りすぎただろうか。いや、父も食べ盛りだ。きっとこれくらい平気だろう。
「ああ、ありがとうって、流石に多いな……。まあいいか。じゃあ、席について待ってなさい」
言われた通り席に向かう私。途中、冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出し、歩きながらグラスに注ぐ。昔からの癖というのはなかなか治らない……。いや、もしかしたらこれは私が“ずぼら”なだけかもしれない。
次々と食卓に並ぶ美味しそうな料理。趣味はないと思っていたけど、私の趣味はきっと美味しいものを食べることだろう。
目の前のハンバーグに想いを寄せていると、呆れた顔の父に冷める前に食べろと怒られてしまった。
「いただきます」
その言葉を合図に、二人の間に沈黙が訪れる。普段なら何も気にならないけど、今日はハンバーグだ。ハンバーグに合う曲を流そう。スマホをスピーカーに繋ぎ、適当な曲を流す。どうやら父の好きな曲だったらしい。分かっているなと言わんばかりに、私の皿に半分に割ったハンバーグを置いてきた。
「ありがとう」
「ああ、美味いか?」
小さく頷く私。私は幸せだろう。病気のせいで辛い思いもしてきたけど、これからは違う。父も私も、言わないだけで、この町で1からやり直そうと考えているのだ。
「そういえば、明日から学校だけど、準備は終わってるのか?」
「うん、多分大丈夫だと思うよ。教科書は学校で貰えるんだっけ?」
「事前にもらった手紙にはそう書いてあったな。……、不安か?」
「ううん、大丈夫」
嘘だ。不安で仕方ない。前みたいにいじめられたらどうしようとか、そうじゃなくても周りと馴染めなかったらどうしようという気持ちでいっぱいだ。そんな不安を見透かしたようにそっと手を伸ばし頭を撫でてくれる父。
「無理しなくていいんだぞ」
父はそういうと、目の前の料理をさっさと食べてしまい、食器を片手にキッチンへと行ってしまった。そんな父の背中を、黙って見送る私。
父さんは私より無理をしている。前の仕事を辞めて、今の職についた。私がいじめられなければ、周りと同じ普通の人間だったら、こんなことしなくてもよかったのに。
音楽を止めて黙々と料理を口に運ぶ。色鮮やかで美味しそうに見えるのに、今日はなぜか味がしない。色を与えて味を奪うなんて、この世界の神は最低だ。そんな神に祈るしかできない私は、もっと最低だ。
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