【小説】一人十色 第4章「某色蒼然」
心地よい風が、鳥の歌声を運んでくる。鳴いてる鳥はどこにいるのかな。空を見上げて探そうにも、夕日が私の視界を眩ませる。でも、夕日が眩しいと感じるのは私だけみたいだ。これも病気のせいらしい。そんな、美しい夕日があまりにも眩しくて顔を逸らした時、目があった。教室で何度か目にした顔だ。確か名前は……。
「不知火君?」
「そうだけど、誰?」
驚いた。転校生とはいえ、今日一日一緒の空間で生活していたはずだ。なのに彼は、私を本当に初めてみたと言わんばかりに眉を顰めていた。
「まあいいや。君さ、さっき何から目を逸らしたの?」
「べ、別に、そんなことしてないよ……」
いつもの癖で嘘をついてしまう。きっと本当のことを言っても、その本当は私だけの本当だ。気味悪がられてそれでしまいだろう。
「もしかして、あれが眩しかった?」
私の気持ちもお構いなしに話し続ける不知火君。なんて無神経な……? 彼が親指で刺した方を見て、私はまた驚いてしまった。
「俺さ、あれが眩しいんだよね。すごく綺麗だと思うんだけど、誰も共感してくれないんだ」
「ね、ねえ、変な質問なんだけど、もしかしてあなたも色が見えるの?」
私がそう聞くと、少し呆れたようにため息をつく。何かおかしなことを言ってしまったのかと不安になっていると、少しだけ笑いながら話し出した。
「あなたもってことは、君もなんだ」
「……、うん。変だよね」
さっきまで笑っていたのに今度は急に真面目な、それでいてどこか寂しそうな顔になり、何か考え始めてしまう。
「どうかしたの?」
「いや、たしかに、俺たちは変だなって。でも、そんな変な人間同士が出会えたって思うとなんか嬉しくて。初めて同じ景色が見える人と出会えたよ。俺は不知火って、もう知ってるか」
「うん、知ってるよ。私は雨宮、雨宮彩葉。私も、嬉しいよ」
もしも自分と同じ景色が見えている人と出会えたら、いろんな話をしたい。そんなもしものために色々と考えていたはずなのに、いざ目の前にすると言葉が何も出てこない。仕方ないので彼の隣に移動し、同じような姿勢で夕日を眺める。
しばらく無言で呆けていると、ポケットの中のスマホが急に鳴り出した。見ると父からだった。帰りが遅い私を心配して連絡してくれたようだ。
「ごめん、私もう帰らなきゃ。えっと、また明日ね!」
「うん、気をつけて。俺はいつもここにいるからさ、暇ならまた話そう」
「うん、必ずだよ」
当たり前だと笑う彼に手を振り、家路を急ぐ。途中スーパーに寄って、父から言われていた食材を買い帰宅する。
「おかえり、楽しかったかい?」
「ただいま、ごめんなさい。帰りが遅くなっちゃって。今日の夕飯、私が当番だったのに」
「気にしなくていいぞ。今日は休みだったからな。それより、なにか楽しいことがあったんだろ? 彩葉のそんな顔、久々に見たよ」
父に言われ鏡を見る。いつからだろう、ニヤついていた。私は、私が思う以上に今日の出会いが嬉しかったのだろう。一度顔を洗い、エプロンをつけてキッチンに向かう。
「私も手伝うね。……、そもそも私が当番だったけど」
「よかったら、教えてくれるか? そのニヤけ顔の理由を」
どうやらまたニヤけていたらしい。恥ずかしくて顔を父から逸らし、今日のできごとを話し始める。先生やクラスメイトが優しかったこと。校舎が広かったこと。そして、不知火君のこと。
「そうか、それはよかった。父さんには、彩葉と同じ世界が見れないからあまり力になってやれなかったが、これで一安心だ」
「なにそれ、大袈裟だよ。それに、お父さんには感謝してるよ?」
父は、それこそ大袈裟だと少し照れ臭そうに言ったけど、実際そうだ。父がいなければ私は今生きていなかっただろう。
「もう盛り付けるだけ? なら、あとは私がやるから、お父さんは座ってていいよ」
「そうか? 悪いな。じゃあお言葉に甘えて」
冷蔵庫から取り出したビールを飲みながらリビングへと向かう父。あぁ、私の癖は父の癖を引き継いだものなのか……。過去の自分を思い出しながら一人で苦笑する。
その後、夕飯を済ませた私はお風呂で体の疲れを取り、ろくに頭も乾かさずにベッドに倒れ込んでしまう。
「疲れた……。明日もお話しできるかな……」
徐々に能力が低下していく思考にさよならを告げ、私は夢の世界に落ちていく。夢の中なら、父さんにもあの綺麗な夕日を見せてあげられるのかな。
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