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【小説】あいすへるん血の池前店

≪ストロベリーアイス≫

 暑い……、いや、熱いの間違いか。ただ立っているだけで肌がチリチリと焼けていく。だがそんなことは気にならない。あたりに散らばった手足も、付きまとう生臭さも、果ては止むことのない絶叫さえ。その全てがどうでも良くなってしまう。

「なんでこんなところにアイス屋があるんだよ」

 確信はないがここはおそらく地獄と呼ばれる場所だろう。針山とか血の池あるし。罪を犯した人間にはぴったりの場所だ。そんな悪人の住居に似つかわしくないポップな看板と、笑顔を振り撒く店員。

「いらっしゃい、お兄さんかっこいいからサービスするよ」

 地獄でメイド服……? 冥土の間違いだろう。きっとこれは壊れた心が見せる幻覚だ。さっさと血の池に飛び込もう。

「……、ストロベリーありますか?」

 つい聞いてしまった。幻覚だとわかっていても少し期待してしまう。

「ストロベリーね、ちょっと待ってて」

 そういって店頭に並べられたアイスをカップに移し始めた。できればコーンの方が嬉しいのだが贅沢は言えない。そんなことをぼんやりと考えていたがふと我に帰る。お金がない。地獄に来てまで無銭飲食は流石にまずいだろう。

「お客さん、お代の心配してるでしょ」

 バレた。というか店員の口ぶりからして最初から気づいていたのだろう。ではなぜアイスを用意してくれたのだろうか。文無しとわかっていたなら追い返せばいいものを。

「うちはね、お金とってないから大丈夫だよ。その代わり、話を聞かせてもらってるの」

 少しの沈黙。この店員は何を聞きたがっているのだろうか? 名前と死因、あとはちょっとした経歴。それくらいか? アイスのお代にしては安い。そんなことを考えていると、店員が優しく話し始める。

「お客さん、あなたはなぜここに来たの?」

「なぜって、アイス屋さんが見えたから」

「そうじゃなくて。なんで地獄に堕ちたの?」

 そう来たか。それは話せません、というわけにはいかないのだろうか。聞いていて気持ちの良い話でもないだろうし、それを聞いてどうするつもりなのか。言い淀む様子を見てため息を吐く店員。

「言いたくないならそれでいいよ。はい、溶けないうちに食べてね」

 不貞腐れた笑みでアイスを差し出してきた。その笑顔をやめてくれ。……、話せば少しは楽になるだろうか。話しておくべきなんじゃないだろうか。店員からアイスを受け取る。冷たい感覚が手のひらに広がる。

「俺の名前は飯島京也。享年は、忘れた。ここに来たのは部下を殺したからだと思う。殺したと言っても実際に殺人を犯したわけじゃない。自分の会社の利益のために、奴隷のように働かせ、そのせいで死んでいった。そうやって、自分の富のために若い人材を食い潰した」

 俺の話を真剣に聞く店員。その瞳は、見ていて吸い込まれそうな黒い瞳だが、地獄の色を反射してまるで俺の罪を映し出しているようだ。

「ある日俺は車に乗っていた。休日のドライブさ。赤信号で止まってタバコに火をつけようとしていた。やっとの思いで火をつけ顔を上げた途端、何が起こったかわからなかったね。とにかくすごい衝撃だった。多分信号無視か脇見運転か。とにかくトラックが突っ込んできた。そこで意識が途絶えて気付いたらここにいた」

そこまで話してアイスを頬張る。程よい酸味と優しい甘味、至福だ。きっとこのアイスが俺の人生最後の食事なんだろう。そう思うとアイスを口に運ぶ手が止まらない。味わって食べればいいのに、気づけば全て平らげてカップの端の溶けたアイスを舐める俺がいた。

「俺が全部悪い、多分バチが当たったんだろう。ご馳走様、おいしかったよ。ありがとう。なんだか少し救われたような気がする」

 深く頭を下げる店員を背に俺の足は勝手に動き始める。そうか、選択肢はないんだな。ここはそういう場所だ。でもどうせならなるべく苦しくない場所に行きたい。

「お客さん、これ忘れてるよ!」

 不意に腕を引かれ振り返る。一枚の紙切れと俺の手を握る店員。戸惑いながら紙に目をやると格子状の図形とスタンプカードという文字。

「また来てね、どうぞご贔屓に」

 そうか、地獄にもスタンプカードがあるのか。受け取ったポイントカードを眺めながらふと思う、せめて名前くらい聞いておけばよかったな。でもそれはまた次の機会にしよう。そう思い、俺は歩き始めた。

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