楽に平和に、いい人たちに囲まれて暮らしたい。 しかし持て余している。現状に満足しているわけでもない。 知らず知らずのうちに戦場を求めて彷徨う。自分だけが生き残ってしまう。平和な世界は消えてしまう。 私の1番の願いがこれだから始末に追えない。 ハードボイルドとはこのことらしい。 持て余した感じと、平静な感じが混在して、言行不一致の矛盾した行動をとる。 天国も地獄も知らない平和と、戦場を彷徨い歩くPTSDと、死ぬまでの暇つぶし選びすら難しい。 金持ちで選択肢を持った
題名で出オチしているが、自分の言動に責任を持つ、という話をしようと思う。 理想を言う。 空想的な人物がよく行うことだ。 大人で言っている奴は、技術者か詐欺師か経営者か幼稚な奴だ。 大半は実行できないから、幼稚な奴に当るだろう。 言ったことを実行するのは、大変な苦労がある。 ところで引き寄せの法則とは何だったか? 「言行を一致させよ」という掟だった。 宣言して実行せよ。 であればそれは実力を持った理想家であり、大多数の幼稚な奴ではない。 すなわち、引き寄せの
無限には大きさがある。 大きい無限と小さい無限。 量が多いのか分割が細かいのか、レトリックの問題とも言える。 現実は小さい無限の中にある。 物理法則や過去の事象に縛られている。 幻想は大きい無限の中にある。 ファンタジーでも何でもOKだ。 作品として観るならば、広大な無限の中で微小な分割を行ったものが名作となる。 すなわち大きな世界観で細かく作り込まれた表現が求められる。 幻想ならどうにかなるが、現実はどうしたら良いのだろう。 みんな金で解決しようとする。
ゲーム的適性と現実のテクニックの区別について書こうと思う。 スポーツやボードゲームなどの狭い世界で求められる資質を現実世界で活用する機会が少ないのはご存知の通り。 実際は体力と人から好かれる能力(コミュニケーション能力)が大切だ。 体力とは、超長距離を走り続ける能力だ。 短距離はあまりいらない。 人から好かれる能力は、見た目と共感されやすい言動だ。人の理解を超えた最善など無意味だ。 他は強いて言うなら、能力を証明するわかりやすい経歴は必要で、そのためにはゲームを上手
久々にログインしてみた。 古い記事を読んでみたが、この人はなかなかいい事を書くね。 今日は気前よく体感時間のことを話そうと思う。 体調(または脳の処理速度)と体感時間は反比例する。 自分の能力や充実度を測る時は、常に30分経ったと思ったタイミングで時計を見る。 それより短いか長いかだけだ。 やることがない時や体調が悪い時は2時間程度経過している。 仕事している時は5分しか経っていない。 他に指標がない。仕事の内容や量は比較しようがないから諦めている。 そして
父性の欠如が子供の不安定化につながる。 犯罪率と父親の不在は高い相関が見られるのは有名な話だと思う。 現代の男には、寛容さや自由意志の尊重のために、子供に強権を発動できない家庭が増えているようだ。 しかし、これは結果的に人生の方針ややりたいことが不明確な子を量産することになる。 鬱や無気力、犯罪といったことがよく表れる。 はっきり言って現代の男は存在価値がないとも言える。 例え暴力的に強権的に子供に自分の方針を押し付けようとも、それが子供の最初の指針になるのだ。そ
今日は未だに世界が良くならない理由を説明しようと思う。 一般に今の世の中は光側のコントロール下にあると思ってよい。しかし、その歩みは遅々としている。まるで亀のようだ🐢 なぜここまで遅いのだろうか。 理由は簡単だ。 光側がソフト路線を貫いてるからだ。 本当はもっと早く、被害を抑えた形で終結可能なのだ。 というのも現状、光側のやり方は極力地球主導で事態の解決を目指している。後ろにいる銀河連合は蚊帳の外だ。 銀河連合というのは、ざっくりいうと軍隊だ。軍隊というのは常に
私は神道も仏教も胡散臭くて好きじゃない。 神道がユダヤ系の宗教であることは有名な話だと思う。とても日本の文化には見えないし、何の意味があるのかわからない。神主のイメージはインテリヤクザで、皆まともに教義を話さないという印象だ。 仏教も葬式仏教や比叡山のイメージが強く、腐敗を極めた生臭坊主ばかりだと思っている。いかにも拝金主義的な風情で暮らしているし、お経を唱えればいいと思っている。 正直どちらも日本の文化とは思えないのだ。そもそも日本の文化とは何なのかもよくわからないし
いつも思っているのだが、なぜ色々な人が変革が起きるとか言う割に、我々下々の民のところまで影響は降りてこないのだろうか? 聞くところによるとトップはかなり穏健派のようだ。できるだけ死人を出さず、できるだけ自力で気付かせる方針らしい。 私にはその方針が理解できない。さっさとやればいいのだ。死人が出ようと、強制的に覚醒させることになろうと。 私は、我々がわざわざ地球くんだりまで来ている理由は、地獄のゲームを幸せのゲームに変えるためだと思っている。 一方、地球外の民や地球のト
世界は存在するか。 私たちの見ている世界はすべて幻だとして、それは何を意味するのか。 どうしてこんなにも限定されたものを見て、幻だとか、自分次第で世界は変わるとか言えるのだろうか。 量子物理的には、観測者次第で結果は異なるし、現在の定義によって過去を書き換えることは可能だ。 とはいえなぜ私たちは、人間という極めて定義された姿をしているのだろうか。 なぜスライムではダメだったのだ? なぜ空を飛んだり、透視したり、火を吹いたりできないのだろうか。 私の意識次第ならもっ
今回は、責任を取るとはどういうことかについて話したい。 一般的に、行動に対する責任とは、その行動によって生じた不利益に対する補填を行うことだ。端的にいうと賠償金である。 辞任や辞職は、本人も同じくらいの不利益を被って均衡を取ろうとしてはいるが、自らが与えた不利益の補填はしていないので、厳密には責任を取れていない。 そうすると大抵の人は支払い能力に限界があるので、自ずと取れる責任にも限度がある。 もっというと実生活における行為のリスクは常に無限大なのだから、一般に我々は
ルールは組織の不利益を避けるためにある。あるいは部分的には組織の利益を最大化するものだ。 しかし、平等の名の下に機械的にルールを適用することで、機会損失が生まれる。すなわちルール制定の意義に反する結果となる。 この問題の回避には、強権を持った天才の存在が不可欠だ。これ以外にルール適用のパラドックスを回避する方法はない。 天才自体は世の中にたくさんいるが、天才に強権を与える組織が余りに少ない。 成り上がった組織は、いつも少数の天才によって為されたものだが、いずれルールが
皆さんは、引き寄せの法則はもう体験済みでしょうか? 私たちの世界は、全て自分の思考で出来上がっています。 つまり世界には、私しかいないということです。 私しかいないけど、私以外の人たちもいるという世界を創ったら、結局世界には他人がいることになりますね。 私こそが、世界の創造主であっても、その世界に自分が入ってしまうと、記憶や経験もあるので自ずと限界が出ることはわかりますか? 他人の世界線を考える意味がないということですね。 あなたは世界にたった一人でも、他人を創造
今までnoteやTwitterに色々書いてきたが、一番有力だと思っている世界観をまとめてみる。 宇宙は一つだけ。元々そこにあった ハイヤーセルフの意志で地球に転生した 転生前の意志は、転生後の意志に優る したがって、予定を消化するまで帰れない 帰るには死亡するしかない カルマは存在しない インプラントは存在する 転生時の闇との契約は主にインプラントの強制 スキルポイント(sp)は存在する(数値で) spは地球でのみ蓄積&利用可能 インプラント以外にも闇の
皆さんは引き寄せの法則を信じますか? 私は、「引き寄せの法則がある時代」と「なかった時代」の違いがあまりわからないなと思っている最中です。 当法則は「願い続けながら行動すると、幾許かのタイムラグの後に願いが叶う」というものだと認識しています。 それは普通のことではないでしょうか? 叶わなかった場合、継続性が足りないだとか来世で再チャレンジだとか言うわけですが、それも発明以前と何も変わらないと思いませんか? 「世界には真実があって、それを色々な人の思惑で隠されているん
あなたの願いはいつ叶うのか。 それは願ったから叶うのか。 それとも元々そうなるはずだったのか。 もしあなたが願わなければ叶わなかったのか。 なぜ無意味な待ち時間があるのだろう。 夢破れて終わるなら、やはり叶わなかったということになるのかな。 なぜこんなにも悲しいのか。 たぶん願いが叶っていない今が辛いんだろう。 〇〇年後に叶っているよと言われたところで、今叶っていないなら意味ないだろう? だって叶う頃にはどうでもよくなっているのに。 今から〇〇年間の予定が