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カナダ生活の中で失いつつあるもの

多くの日本人はきっと知らないだろう。

『麺をすする』ことが特殊なスキルであるということを。

私は日本人でありながら、

日本人としてのたしなみを失いつつある。

16年間のカナダ生活の中で、

食事中に『すする』ことがなくなった。

マナー違反だと認識しているからだ。

箸でうどんやそばを食べている時でさえ『すすらず』に食べている。

80代の両親は今でも『すすって』食べることができる。

だから年齢の問題ではない。

そのことに気がついた時、私は愕然としてしまった。

小さな焦りを感じた。


家でひとりで食べている時に試してみる事にした。

残り物の焼きそば風熱々パスタ。

箸で持ち上げ、火傷をしないようにフウフウする。

口元にもっていき『すすろう』とした。

ところが、麺が口の中に入っていかない。

なぜだ?

パスタを1本だけつまんで口に持っていった。

ちゅるん。

今度は上手く『すすれ』た。

完全には特殊能力を失っていなかったことに安堵した。

ところが、

『すすろう!』と意識していないと

『すすっていない』ことに気がついた。

私の脳は『すする』という動作はもういらないと

判断してしまっているのかもしれない。


『麺をすする国』で30年以上身についていた『すする力』は

16年でがっくりと落ちてしまった。

今でも自転車に乗れるし、めったに乗らない車だってまだ運転できる。

でも、まさか『麺がすすれなくなる』とは。

オリンピックに出場するようなアスリートと同じように

『麺をすする』ためには、日々の努力が必要なのかもしれない。

あなたは気がついているだろうか?

『麺をすする』とは特殊な技であるということを。

そして、それが苦もなくできるならば、

『特殊技能保持者』であるということを。











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あっちん
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