すべてがどうでもよくなる
世界中でSDY-4976ウィルスがパンデミックを引き起こしたのはつい先月。
日本では、確認されているだけでも既に十万人もの患者が病院に溢れかえっていた。
連日流れるニュースを見る限りでは脳の側坐核と呼ばれる部位に直接攻撃してなんちゃらとキャスターがほざいていたが、学の無い僕には理解し難い内容であった。
極限までやる気を失った人間が、蔓延るようになってしまった外界は、今まで部屋に引きこもっていた僕を、興味で引き摺り出してくれた。
昼間はそれ程目立つような事は無かったが、二日前の深夜の公園に赴いた時、数人に凌辱されているのにも拘らず、ただ虚ろな目で宙を眺め続けている女性に出会した時なんかは、流石に肝を冷やした。
そして今日、同じ公園で、ウィルスに感染したと思わしき中年の男性と遭遇した。
僕は思い切って、勇気を振り絞り、男性に話しかける事にした。
「こんにちは」
「こんにちは」
「……返事をしてくれるんですね」
「何故そんな事を聞く」
「SDYウィルスに感染された方だと思ったんで。話す気力も無いんじゃないですか?」
「まぁ、そうかな」
男性はベンチで横たわったまま、薄汚れたワイシャツとジーンズで裸足で、以前見掛けた女性と同じように、虚ろな目を僕ではなく、宙に向かって視線を投げ掛けていた。
気のせいか、男性からは排泄物と思わしき悪臭が漂っていて、僕は顔を顰めて話を続けた。
「何故ここに居るんです?」
「家に居ると、家族が世話を焼くからさ」
「嫌なんですか?」
「いや、どうでも良いんだ」
「どうでも良いとは?」
「世話を焼かれるのも、どうでも良いと思っている俺がいて、そんな俺に構い続ける家族もどうでも良い。だのに、家族は俺を救いたいんだと。もう、どうでも良いのに。何もかもどうでも良いのに」
「……家族が嫌いなんですか?」
「いや」
男性は一瞥もせずに僕に息を吐くように、ただ一言言った。
「どうでも良いんだ、何もかも」
男性はベンチの背もたれの方に身体を預けると僕に背を向ける形になって、最後にこう言った。
「君と話すのも、もういい。どうでもいい」
僕は下を向くと、踵を返して、家路に着く事にした。
あれ程僕の事を心配してくれた家族も、皆ウィルスに感染してしまい、僕以外のほぼ全てがどうでもよくなろうとしていた。
無関心な世界に佇む僕は、今までどうでも良いと思っていた筈の以前の外界が今は恋しい。
誰か、誰か僕をどうでもよくなく思ってくれないか。
明日も僕は外へ捜しに出掛けるだろう。
どうでもよくない誰かを捜しに。
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