屋台オブソロウ-4
湯気が頬を濡らすスープを、一口含んだ時だった。
舌に張り巡らされた味覚神経は、その雷鼓をけたたましく鳴り響かせ、大気を切り裂くように脳神経へと伝達させた。
その衝撃は、コーラにメントスを入れた時の様に多大な唾液を分泌させ、口いっぱいに広がった香りは鼻腔を擽り、溜息すら吐かせてしまった。
その衝撃を、俺は一言で済ませた。
「なんだこれ……美味すぎる!?」
「そうでしょう、そうでしょう」
さも当然かと言いたげに、少女はまだ幼い胸を張って得意げにこちらを見る。
「え!? これインスタントだよね!? え!? なにこれ!? え!?」
スープを飲む手が止まらない。
濃過ぎず、薄過ぎず、程良く舌を撫でていくスープの味に、俺は忽ち虜になっていた。
「乾麺はそのまま使っておりますが、スープは自家製なんです。調合は企業秘密です」
少女が悪戯っぽく笑うと、俺は目を見開いてラーメンを啜る動きを止めた。
インスタントとは、手早く安上がりに食べられるようにしたからインスタントなのだ。
その概念をぶち壊し、一料理として仕立て上げたこの少女のセンスは只者ではない。
「ねぇ童貞のおじさん」
背後から、先程のギャル風の少女が声を掛けてくる。
「俺は童貞ではない。何度も言うが」
「そうだっけ?」
さもどうでも良いと言わんばかりの表情を浮かべるギャルは、続けた。
「蛍のアレンジ能力を舐めてたっしょ? 伊達にここで屋台やってないよ」
「……確かに、まぁインスタントかよ、とは思ったよ」
否定はせずに、俺はそのまま全部ラーメンを平らげた。
「美味かった、ご馳走さま」
「良かったです」
ニッコリと微笑むオカッパの少女に、何故だか胸が熱くなる。
「おあいそ……」
「あ、250円です」
インスタントの原価を考えたらそうなのかもしれなかったが、提供された食事代金は、馬鹿程安かった。
小銭を少女に手渡し、立ち去ろうとすると、
「また来てくださいね」
と、少女が呼びかけた。
仄かに去来する暖かな季節の風が、胸を通り過ぎて行く。
まるで、学生時代に戻ったかのようだった。
「…ああ、また来るよ、きっと」
口約束に過ぎないのだが、俺は絶対という意味を込めて、少女に伝えた。
「じゃあね、童貞のオッさん。あんま勃起ばかりしないでね? カウパー臭いんだから。加齢臭とダブルで臭いよ」
「五月蝿いよ」
ギャルは最早、童貞という渾名を付ける気満々だったようなので、雑に扱った。
店を後にすると、先刻まで溢れるように居た人集りが閑散としている。
夜の街も眠りにつくのだろう。
俺も家に帰り、布団に潜ろうと思った。
今日は良い夢が見れそうだ。
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