Design for the Future Vol.3 - 食の未来を考える
世界で起きているさまざまな環境問題に対して、私たちの「クリエイティブ」を通してどのように未来を見ているかを紹介する企画「Design for the Future」。東京・ロンドン・ニューヨークのmonopo各オフィスで取り組んだプロジェクトを通して、ブランド・エージェンシー・個人の役割を問いながら、私たちが学んだことを共有していきます。
第3弾はmonopo Londonのマネージング・ディレクター、マティス・デボルドによる「食の未来を考える」です。
私たちにとってお肉は食卓に欠かせないものであり、近年では世界中の人々がますますお肉を口にするようになってきたと言われています。今までは、動物を飼育し食肉を生産することが主流でした。しかし、その畜産業が環境問題を深刻化させる一因になっていることをみなさんはご存じですか?
実は畜産によって排出される温室効果ガスは、乗り物が排出するガス量よりはるかに多いのです。その他にも世界の水資源の、なんと3分の1もが畜産業のために消費され、アマゾンの森林破壊の91%が畜産業によるものと言われています。このように畜産が及ぼす環境問題は、予想よりはるかに深刻であることが分かります。
しかし、突然お肉を食べるのをやめろと言われてもそう簡単ではありません。果たして私たちは環境を汚すことなく、美味しい食肉を食べ続けられるのでしょうか。その1つの解決方法になり得るのが、農場ではなく研究室で育てられるクリーン・ミートです。この方法は動物の細胞から食肉を育てるというもので、「細胞農業」と呼ばれています。私たちにとってあまり馴染みのないこのテーマ。クリーン・ミートは私たちが慣れ親しんできた食べ物のように身近なものになることは可能なのでしょうか?
monopoでは急成長する細胞農業の分野で、さまざまな企業のブランディング・Webデザインやブランドコミュニケーションに携わる機会に恵まれてきました。この章ではクリーン・ミートを通して食の未来をデザインする際に得た、私たちの視点に迫ります。
⑴クリーン・ミートの可能性
一言で言えば、「クリーン・ミート」とは細胞から人工培養で作る食肉のことです。この方法で動物を飼育することなく、あらゆる種類の動物性食品(肉、脂肪、乳製品、さらには絹や革まで)を培養することが可能になりました。クリーン・ミートは環境負荷・病気・汚染のリスク・動物の苦痛の低減など、既存の食肉生産が抱える深刻な問題を回避することができます。
このようにたくさんの利点がある細胞農業ですが、未だ私たちにとっては珍しいテーマです。エシカルでサステイナブルなクリーン・ミートを普及させるためには、まず人々が細胞農業の考えを受け入れる必要があります。monopoではより多くの人々にクリーン・ミートの利点を知らせるため、教育に焦点を当てた業界団体「Cellular Agriculture Society (セルラー・アグリカルチャー・ソサエティ)」とクリーン・ミートの主要生産会社「Mission Barns (ミッション・バーンズ)」の2つの企業とコラボレーションしました。
⑵ CASの挑戦
monopoとセルラー・アグリカルチャー・ソサエティ(CAS)とのコラボレーションは2019年にスタート。当時は市場に商業的なブランドが存在しなかったため、まずはクリーン・ミートのアイデアに興味を持った人たちに親しみやすい入口を作ることが必要でした。monopoではWebデザインの開発と、世界初のクリーン・ミートに関する教科書「Modern Meat」のアートディレクションを担当しました。
Cellular Agriculture Society Web site:
monopo London Works page:
- まだ見ぬ未来へ。
細胞農業はSFの対象ですらなく、もちろん誰も描いたことのない未来の形です。CASとのコラボレーションにおいて、monopoの最初の任務はこれまで誰も想像したことのない未来を人々にイメージさせることでした。私たちの食べる肉が代わることで農業や都市も変わっていくことを伝えるために、人と動物、そして世界が共生し、より調和のとれた世界のイメージをアニメーションで表現。都市は都市であり、牛は牛であることは変わらないが、その関わり方はよりポジティブになる様子をデザインしました。
- 遊び心を取り入れる。
細胞農業は初めて知る人にとっては重いテーマではありますが、その内容を少しでも理解すれば前向きになれるテーマでもあります。monopoでは親しみやすいデザインにするため、遊び心を意識したユーザーエクスペリエンスを制作しました。ホームページは異なるテーマの4つの短いモジュールで構成されており、マウスの動きに応じてセルが動き出すユーモアのある工夫を取り入れています。楽しくスクロールすることでより人々の興味を惹きつけ、少しでも細胞農業に対するイメージを良くできるのではないかと考えました。
⑶ Mission Barnsの革命
カリフォルニアに拠点を置くMission Barnsとのコラボレーションは、2022年にスタート。当時Mission Barnsでは市場初となる市販用のクリーン・ミートの発売を控えており、最初のステップは彼らの市場価値をしっかりと確立させることでした。monopoでは新しいWebサイトのデザインやビジュアル・アイデンティティを制作。社内のブランドチームと緊密に連携しながら細胞農業の科学的で技術的な面と、家庭料理ブランドとしての親しみやすく居心地の良い面の両方のバランスを取ったアイデンティティを作りました。
- 食品としての魅力
腸管神経系は脳からの指令を受けなくても機能できる独自の神経回路を持ち、生命機能の維持に欠かせない腸管の運動・分泌・血流を制御していることから、「第二の脳」とも呼ばれています。自分達が口にするものに対して、何が良くて何が悪いかを判断しているのはこの腸管神経系なのです。もちろん細胞農業の背後にある技術革新やテクノロジーは魅力的なものですが、技術ブランドとしてではなく食品ブランドとして人々の食欲と信頼を高めるための新しいアプローチが必要でした。そこでmonopoは脳を刺激するのではなく、口を潤すような視覚的な工夫を施しました。
- 透明性の追求
私たちが最も時間をかけたのはホームページではなく、プロセスのページでした。細胞農業は生産プロセスの初期にわずかな動物の細胞のみを使って作られているため、とても道徳的なプロセスが講じられています。そのことを誰もが理解できるように説明し、クリーン・ミートが一体どのようにして作られるのか、透明性を持って表現する必要がありました。そこでドーンと呼ばれる子豚のキャラクターを描き、生検から製品になるまでの短い道のりを手書きのイラストで紹介しました。ドーンはもちろん死ぬこともなく、苦しむこともありません。
Mission barns Web site:
monopo London Works page:
⑷ 未来のために私たちができること
CIAやMission Barnsの活動は、環境にも動物にも優しい未来をデザインしています。細胞農業はとても新しい分野で、それによって生産されたクリーン・ミートを口にすることはまだまだ想像し難いものです。ですがこの記事を通して、また彼らの活動を通して、細胞農業に対して少しは前向きになれたのではないでしょうか。
monopoはより良い未来に向かっていくために、あらゆる企業とコラボレーションし、少しでもその活動の手助けをしたいと考えています。深刻化している環境問題はとてもスケールの大きい問題であるため、一人ひとりができることは小さいかもしれません。しかしその問題に背を向けるのではなく、受け入れようとする姿勢を取ってみることから始めてみませんか?
■ ライター : monopo London マネージング・ディレクター、マティス・デボルド
monopo Londonの共同設立者であり、マネージング・ディレクターのマティス・デボルドは、世界中のブランドと協働し、さまざまな業界においてストラテジストとして活躍。ベルギーでキャリアをスタートさせ、2012年にロンドンでOgilvyに入社し、その後はadam&eveDDBに移籍。2016年には東京のWieden+Kennedyに入社し、戦略プランニング・ディレクターとして、Nike、IKEA、AudyやAirbnbなどのブランドを日本・韓国市場においてサポート。2019年にmonopoに入社し、Mélanie Hubert-Crozetとともにロンドン支社を設立した。
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